ヨーロッパではアイルランドを除くほぼ全域でNIPT(新型出生前診断)が認可されており、出生前診断は多くの妊婦さんが受検しています。近年日本でも注目されているNIPT(新型出生前診断)ですが、今回は最新(2021年)のフランスでのNIPT(新型出生前診断)の事情について紹介いたします。
フランスの出産にまつわる歴史
フランスでの出産・妊娠は「女性の権利」
フランスはカトリック教国であるため、妊娠・出産が「女性の権利」として認められるためには様々な法律の壁がありました。
1967年 | 避妊が法律で認められる |
1975年 | 人工妊娠中絶が法律で認められる。 |
2000年 | 緊急避妊薬を処方箋なしで提供可能 |
カトリック国としては最初に上記の法律が制定されたフランスですが、現在ではおよそ70%の女性が女性主体の避妊(低用量ピル、子宮内避妊具など)を施しています。そして避妊、人工妊娠中絶ともに医療保険でカバーされ、中絶手段は二種類選択できます。7週までの妊娠中絶薬(内服、膣錠によるもの)、7週以降では人工妊娠中絶外科手術を医療保険適応で受けることができます。緊急避妊薬(アフターピル)は未成年・医療保険未加入者は無料で、処方箋なしの場合でも、販売価格は400-900円程度※(3ユーロから7ユーロ)で商店や薬局、校内医から入手することができます。
一方日本では、現在低用量ピルや子宮内避妊具、人工妊娠中絶外科手術は医療保険適応外です。緊急避妊薬は薬局で販売可能になるとの方針が発表されていますが、妊娠中絶薬はまだ認められていません。
フランスでの出生前診断の歴史
1997年9月 | 母体血清マーカーによる染色体疾患のスクリーニング検査開始(医療保険100%適用、初年度52%の妊婦さんが実施) |
2009年6月 | クアトロテスト(母体血清マーカーと超音波検査の併用)検査開始 |
2017年4月 | パリの一部の施設でNIPT(新型出生前診断)無償化(クアトロテストで染色体疾患のリスクありと判断された場合) |
2019年1月 | NIPT(新型出生前診断)が全国的に医療保険適応開始(クアトロテストで染色体疾患のリスクありと判断された場合) |
フランスでは2011年からNIPT(新型出生前診断)が受けられるようになり、自費で390ユーロ(約5万円※)で受検をする妊婦さんが徐々に多くなりました。検査が広がると、貧困の差で検査が受けることが出来ないのは差別との女性保護団体からの反発が多く聞かれるようになり、2019年に全国的NIPT(新型出生前診断)が医療保険適応となりました。
フランス で出生前診断を受けるには?
フランスでは年齢に関係なく、すべての妊婦さんが染色体異常のスクリーニングを受ける権利があり、検査を受けることが政府より推進されています。
フランスで出生前診断を受ける時期は?
フランスでの出生前診断を受けられる時期は下記のようになります。
検査 | 検査の時期 | 検査の結果 |
クアトロテスト | 12週目から14週目 | 1週間程度 |
NIPT(新型出生前診断) | 10週目以降 | 1-3週間程度 |
羊水検査 | 15週目から17週目 | 2週間程度 |
フランスのクアトロテスト(クアトロ検査)
現在、全妊婦さん対象に医療保険適応にて無料で行われている検査として、クアトロテストがあります。クアトロテストは妊婦の年齢、母体血清マーカー、胎児の頸部の厚さ測定(NT)を組み合わせてダウン症などの染色体異常の確率を出す検査です。検査は任意での実施ですが、80%の妊婦さんが実施しています。このクアトロテストで陽性の診断がされると次の段階でNIPT(新型出生前診断)が実施されます。この場合、NIPT(新型出生前診断)も医療保険適応、無料で検査ができます。フランスでは羊水検査の実施件数を減らし、検査による胎児流産を減らすことを目的に2019年1月からNIPT(新型出生前診断)が医療保険適応となりました。
双子の妊娠、染色体疾患の妊娠歴、染色体疾患の家族歴がある場合は妊娠の10週目から医療保険適応、無料でNIPT(新型出生前診断)を受けることが出来ます。自費でNIPT(新型出生前診断)を希望する場合は390ユーロ(約5万円※) になります。
NIPT(新型出生前診断)は母体血清マーカー同様、採血検査で行えるため胎児へのリスクがなく、そして胎児の染色体異常を感度96.5%、特異度99.9%という高い精度で行えるため第二選択のスクリーニングで使用されているようです。その後、NIPT(新型出生前診断)でも陽性の診断が出ると最終段階で羊水穿刺検査が行われ、確定診断となります。 この場合の羊水穿刺検査も医療保険適応で無料での検査になります。
将来的には母体血清マーカーを使ったクアトロテストでなく初期のスクリーニングからNIPT(新型出生前診断)を受けられるように移行していく予定のようですが、母体血清マーカーと比べるとNIPT(新型出生前診断)はコストが非常に高くつくため、現段階では実施できていないようです。
クアトロテスト(クアトロ検査)の結果と確定検査
フランスでは、クアトロテストの結果によって、下記の流れで確定検査に進みます。
検査結果 | 次の流れ | 備考 |
リスクが1/1000以下 | スクリーニング終了 | 自費でおよそ390ユーロ(5万円※)を支払えばNIPT(新型出生前診断)スクリーニング可能。 |
リスクが1/1000から1/51の間 | NIPT(新型出生前診断)スクリーニング(任意) | 任意のため、ここで終了するという選択もあり。 |
リスクが1/50以上 | 直接羊水穿刺(任意)またはNIPT(新型出生前診断)スクリーニング(任意) | 任意のため、ここで終了、NIPT(新型出生前診断)を受けるという選択肢もあり |
フランスのNIPT(新型出生前診断)
フランスのNIPT(新型出生前診断)の内容は?
フランスでNIPT(新型出生前診断)の検査項目は、トリソミー13、18、21のみで全染色体検査は行っていないようです。
フランスを含め、多くのヨーロッパ諸国で性選択のために検査を利用することは禁止されています。
フランスでNIPT(新型出生前診断)を受ける場所は?
フランスは分業医療制のため、日本のようにクリニックや病院で採血するというシステムはありません。NIPT(新型出生前診断)を受ける場合、産婦人科医から処方箋をもらい、最寄りの採血検査所で採血を受けます。
クアトロテストはおよそ1週間後、NIPT(新型出生前診断)は1週間から3週間後に結果がわかるのですが、センシティブな問題であるため、検査結果は直接担当産婦人科医師に送られます。問題があった場合は産婦人科医師から妊婦さんへ早期に受診を促す連絡が入ります。問題がない場合は次回の外来日に検査結果が渡されることになります。
フランスでは日本のように決まった施設でなく、処方箋さえあれば近所の採血検査所でNIPT(新型出生前診断)を受けることができますが、日本と比べると検査結果が遅くなります。
もしも検査が陽性だったら・・?
クアトロテストで陽性、そしてNIPT(新型出生前診断)も陽性だった場合、染色体疾患の有無を確定診断するために羊水穿刺を行います。
最終的に羊水穿刺にて染色体疾患との診断が確定した場合、産婦人科医より妊娠を継続するか中止するかの選択肢があることが話されます。そして医師によってカウンセラーを紹介され、専門家による遺伝カウンセリングを受けることができます。検査の陽性が続くと精神的に不安定になるカップルが多いため、NIPT(新型出生前診断)で陽性結果が出た頃より遺伝カウンセリングを受け始めるカップルが多いようです。
フランスでは羊水検査で陽性と診断された場合、95%の妊婦さんが妊娠を中断する選択をしているとのデータがあります。この結果に関しては出生前診断が広く実施されている欧米諸国でも同じような結果になっています。
フランス人のNIPT(新型出生前診断)に対する意識
他先進国同様、フランスでも女性の社会進出率上昇や生殖補助医療の発達によって高齢妊娠が増加しています。日本と同様、フランスでも第一子妊娠年齢の平均がおよそ30歳になり40年前と比べても第一子を持つ年齢が高くなりました。また不妊治療が医療保険適応で無料で受けられることもあり、治療により高齢で妊娠する妊婦さんも増加しています。高齢妊娠では染色体疾患の増加や流産、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症などのリスクが増加しお母さんと赤ちゃんに少なからず影響があるため、多くのカップルがお腹にいる赤ちゃんの心配をして出生前診断を受ける決断をします。高齢妊娠で金銭的に余裕があるカップルは最初の段階から自費にてNIPT(新型出生前診断)を受けることも多いようです。
前述しましたが、フランスでは80%の妊婦さんが出生前診断を受検しており、検査への意識は非常に高いと言えるでしょう。
政府の方針としては、出生前診断を受けることを推進していますが、一方では検査を受けることで多くのカップルの不安感が増加するのではないか、との声も一部聞かれているようです。
おわりに
国によって出生前診断に対する制度や考え方は様々です。比較することで新たな発見があったり、考えが明確になることもあるでしょう。フランスはカトリック国の中でも様々な法の壁を乗り越え、現在では女性の権利が認められている国の一つです。出生前診断の医療保険適応を含め、周産期医療に対して手厚い医療を行っていると言えると思います。
※2021年3月現在 1ユーロ=129円
記事の監修者
岡 博史先生
NIPT専門クリニック 医学博士
慶應義塾大学 医学部 卒業