この記事のまとめ
結節性硬化症を伴う多発性嚢胞腎(PKDTS)は、TSC2とPKD1遺伝子の欠失により発症する稀な疾患で、結節性硬化症(TSC)と常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の特徴を併せ持っています。腎機能の低下やてんかん、皮膚病変などの複雑な症状が特徴であり、早期診断と適切な治療が重要です。本記事では、PKDTSの臨床症状、診断方法、治療アプローチについて詳しく解説します。
病気の別称
- PKDTS
- TSC2/PKD1連続遺伝子症候群
- 結節性硬化症/多発性嚢胞腎連続遺伝子症候群
- 結節性硬化症を伴う常染色体優性多発性嚢胞腎1型
疾患概要
TSC2/PKD1連続遺伝子欠失症候群(PKDTS)は、「結節性硬化症を伴う多発性嚢胞腎」とも呼ばれる、非常に稀な遺伝性疾患です。この疾患は、染色体16p13.3上に隣接するTSC2遺伝子とPKD1遺伝子が欠失することによって引き起こされます。その結果、結節性硬化症(TSC)と常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の両方の特徴を併せ持つ病状が現れます。
結節性硬化症(TSC)は、約6,000~10,000人に1人の割合で発症する遺伝性疾患で、TSC1またはTSC2遺伝子の変異が原因です。このうち、TSC2遺伝子の変異は全体の約69%を占めています。TSCの症状は個人差が大きく、脳、皮膚、心臓、腎臓、肺といった多くの臓器に影響を及ぼします。主な合併症として、てんかん、学習障害、行動上の課題、腎機能障害が挙げられます。患者のほぼ全員に、脱色素斑や顔面血管線維腫、シャグリーンパッチ(鮫肌様皮膚斑)、茶色の線維性プラーク、爪線維腫といった特徴的な皮膚症状が見られます。
常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)は、PKD1またはPKD2遺伝子の変異によって引き起こされる疾患で、腎臓や肝臓に嚢胞(液体の入った袋状の構造)が形成されるほか、頭蓋内動脈瘤や心臓弁の異常が特徴です。腎結石がよく見られる合併症であり、進行すると末期腎疾患(ESRD)に至り、これが死亡原因となる場合もあります。
PKDTSでは、TSCとADPKDの両方の症状が同時に現れるため、疾患の重症度がさらに増す傾向があります。PKDTSの患者は、多発性嚢胞腎の進行が非常に速く、腎機能障害が早期に発生し、末期腎疾患に至ることが多いです。また、TSCで特徴的な腎血管平滑筋腫も現れることがあります。
この疾患は、2つの遺伝性疾患が組み合わさることによって起こるため、症状が複雑で重症化しやすい傾向があります。特に早期発見と治療が重要であり、適切な管理には腎臓専門医、小児科医、遺伝カウンセラーを含む多分野の専門家による包括的なアプローチが必要です。このようなチーム医療が、患者の生活の質を維持し、症状の進行を抑えるために重要な役割を果たします。
病因と診断の方法
結節性硬化症(Tuberous Sclerosis Complex, TSC)は、TSC1およびTSC2という2つの遺伝子に変異が生じることで引き起こされる遺伝性疾患です。これらの遺伝子は、それぞれハマルチン(hamartin)とチュベリン(tuberin)というタンパク質を作り出します。TSC1は染色体9q34に、TSC2は染色体16p13.3に位置しています。ハマルチンとチュベリンは、体内の多くの組織で発現しており、結合してタンパク質複合体を形成します。この複合体は細胞の成長や分裂をコントロールする重要な役割を担っており、特にmTORC1(ラパマイシン標的タンパク質複合体1)の働きを抑制することで細胞の正常な機能を維持します。
mTORC1は細胞が正常に機能するために必要不可欠で、細胞の増殖や分化に必要なエネルギーや物質の代謝を調整します。これには、脂質やヌクレオチド、タンパク質の合成を管理し、不要な細胞成分を分解する自食作用(オートファジー)を抑制する役割が含まれます。しかし、TSC1やTSC2に変異が生じ、ハマルチン-チュベリン複合体が正常に働かなくなると、mTORC1が異常に活性化します。その結果、細胞の成長が制御できなくなり、結節性硬化症に特徴的な良性腫瘍(ハマルトーマ)が体内の複数の臓器に発生します。
遺伝子検査はTSCの診断において重要で、特にTSC2遺伝子の変異は患者の約70%で確認されています。ただし、通常の遺伝子検査でTSC1やTSC2の変異が特定できない場合でも、TSCの診断が否定されるわけではありません。このため、遺伝子検査の結果が不明確な場合でも、患者には長期的な臨床的モニタリングと適切な管理が必要です。
TSCの診断は、臨床的な特徴と遺伝子検査の結果を組み合わせて行われます。診断基準には「確定診断」と「疑い診断」の2つの段階があり、患者が2つの主要な特徴、または1つの主要な特徴と2つの副次的な特徴を示している場合は確定診断とされます。一方、1つの主要な特徴または2つ以上の副次的な特徴がある場合は疑い診断とされます。このような診断基準により、軽微な症状や非典型的な症状を持つ患者でも適切なケアとモニタリングを受けられるように配慮されています。
疾患の症状と管理方法
TSC2/PKD1連続遺伝子欠失症候群(PKDTS)は、「結節性硬化症を伴う多発性嚢胞腎」とも呼ばれる非常に稀な遺伝性疾患です。この疾患は、染色体16p13.3上で隣接するTSC2遺伝子とPKD1遺伝子が欠失することで発症し、結節性硬化症(TSC)と常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の特徴を組み合わせた症状が現れます。そのため、通常のTSCやADPKDよりも重篤で複雑な症状を伴うことが多いです。
結節性硬化症(TSC)は、多くの臓器に良性腫瘍(ハマルトーマ)を形成する遺伝性疾患で、生まれる赤ちゃん6,000〜10,000人に1人の割合で発症します。主に脳、皮膚、腎臓、心臓、肺などに影響を及ぼし、ほぼ85%の患者が幼少期からてんかんを経験します。また、半数以上の患者に知的障害や自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などの神経精神障害がみられます。これらの神経精神症状は「TSC関連神経精神障害(TAND)」と総称されます。さらに、白斑、顔面血管線維腫、シャグリーンパッチ(鮫肌様皮膚斑)、爪線維腫などの皮膚病変が診断の重要な手がかりとなります。腎臓の合併症としては血管筋脂肪腫(AML)や腎嚢胞が一般的で、TSC患者の死亡率と罹患率の主な要因の一つです。
一方、ADPKDは最も一般的な遺伝性腎疾患で、PKD1またはPKD2遺伝子の変異によって引き起こされます。多発性の腎嚢胞によって腎臓が拡大し、高血圧や腎不全を引き起こします。また、肝嚢胞、頭蓋内動脈瘤、心臓弁の異常などの症状が現れることがあります。腎結石や末期腎疾患(ESRD)はADPKDのよく見られる合併症で、ESRDはこの疾患の主要な死因です。
PKDTSの患者では、TSCとADPKDの症状が重なり合い、それぞれ単独の疾患よりも症状が重篤化する傾向があります。患者は早期から腎機能障害を発症し、末期腎疾患に進行する速度が速いことが特徴です。腎症状にはADPKDに典型的な嚢胞とTSCに関連する血管平滑筋脂肪腫の両方が含まれます。皮膚の症状としては白斑やシャグリーンパッチがよく見られ、脳に関しては脳室下巨細胞性星細胞腫(SEGA)などの症状が報告されています。ただし、てんかんや知的障害などの神経精神症状が必ずしも全例で見られるわけではありません。
PKDTSの診断には、TSC2およびPKD1遺伝子の欠失を特定する遺伝子検査が行われます。さらに、MRIや超音波検査などの画像診断によって腎臓や脳の特徴的な病変を確認します。遺伝子検査で診断が確定しない場合でも、詳細な症状の評価と臨床的なモニタリングが重要です。
治療はTSCとADPKDの症状に合わせた対症療法が中心です。てんかんなどの神経症状には抗てんかん薬が使用され、腎機能の管理には高血圧のコントロールや嚢胞の排液処置、場合によっては腎移植が含まれます。皮膚病変は局所療法や外科的処置で改善することが可能です。また、mTOR阻害剤(エベロリムスなど)が腎血管筋脂肪腫やSEGAのサイズを縮小し、他のTSC関連症状を改善する効果が期待されています。
妊娠中のPKDTS患者は特に注意深いモニタリングが必要です。腎嚢胞やAMLの増大が妊娠中のリスク要因となるため、個別化された治療計画が求められます。現在のところ、PKDTS患者が妊娠中に腎機能が悪化したという報告はありませんが、さらなる臨床データが必要です。
PKDTSは非常に稀な疾患で、これまでに世界で90例未満しか報告されていません。そのため、腎専門医、神経科医、皮膚科医、遺伝専門医などの多職種による包括的なケアが不可欠です。定期的なモニタリングと適切な管理を通じて、患者の生活の質を向上させ、深刻な合併症を軽減することが期待されています。
将来の見通し
PKDTS(結節性硬化症を伴う多発性嚢胞腎)の患者のケアには、細心の注意が必要です。この疾患は、高血圧の早期発症や腎機能の迅速な低下、さらには末期腎疾患(ESRD)への進行を引き起こす可能性があります。症状が進行するにつれて、より頻繁な画像検査や定期的なコントロール検査が必要になることがあります。
また、症状が典型的でない患者の場合、鑑別診断が難しい場合があります。そのため、早期スクリーニングと診断が適切なケアと医療支援を提供するために重要です。特に、無侵襲的出生前検査(NIPT)が推奨される場合があります。
もっと知りたい方へ
【写真あり・英語】ユニーク(Unique)による【16p13欠失】に関する情報シート
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