先天奇形症候群のひとつであるグレイグ尖頭多合指症候群(GCPS)は、GLI3遺伝子の一部欠失により起こり、軸前性多趾症、眼間開離、大頭症などが主な症状です。原因遺伝子が判明しているため、出生前診断での検出ができます。
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先天奇形症候群を起こす原因はさまざまですが、多くが染色体異常や遺伝子異常に起因しています。異常を起こした染色体や遺伝子が明確になっていることは非常に重要で、これらが明らかになっていれば、出生前診断の染色体や遺伝子のスクリーニングなどで診断が可能になります。
今回ご紹介するグレイグ尖頭多合指症候群は、遺伝子異常によって引き起こされる、先天奇形症候群のひとつです。
グレイグ尖頭多合指症候群(GCPS)とは
グレイグ尖頭多合指症候群(Greig cephalopolysyndactyly syndrome、以下GCPS)は原因遺伝子が明らかになっている遺伝子疾患です。この障害を持つ患者について執筆された1926年刊行本の筆者、David Middleton Greigにちなんで名づけられました。
この疾患は「Greig頭蓋多合指症候群」「Greig脳多合指趾症」とも呼ばれますが、すべて同じ疾患を指しています。
いくつかの文献によると、発生頻度は100万人にひとりと推定されています。
症例および診断
名前のとおり、脳や指に変異がある疾患で、多くの患者さんに共通しているのは四肢・顔面・頭部の奇形です。四肢は皮膚性合指趾症を伴う軸前性多趾症、顔面は眼間開離、頭部については前額部突出を伴う大頭症が見られます。
そのほか、頻度は高くありませんが、中枢神経系の異常や認知障害なども報告されています。
この疾患を臨床的に診断するのは少々難しいです。多指症はほかの疾患由来である可能性があり、また眼間開離も判断が分かれやすく、さらに発症箇所が個人によって異なるためです。従来よりよく言われている上記3点の特徴があれば、GCPSであると暫定的に診断がされるケースが多いようです。
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治療と予後
治療は対症療法となりますので、疾患の状況によって異なります。四肢奇形が著しい場合は整形外科で手術を行うケースもあります。
予後は一般的に非常に良好ですが、前述のように神経系の異常を伴うことがある疾患のため、発達遅滞や認知障害の発生率がわずかに高まる危険性があります。
治療後の予後の良し悪しはGLI3遺伝子の欠失部位の大きさによっても左右し、欠失部位が大きい場合に予後不良となった報告もされています。
なお、どのような遺伝子疾患でも同様ですが、疾患を根本から治療することは非常に難しいです。しかし現在、遺伝子疾患に関して根本的な治療となりうる技術が開発されつつあります。ゲノム編集という技術です。ゲノム編集は、ガイドと呼ばれるRNAと、DNAを切断するハサミ(制限酵素)によって、ゲノム上の編集したい箇所を編集するという技術です。しかしまだまだ医療への応用は発展途上であり、さらに対象遺伝子ではない部分を切断してしまうオフターゲット効果もあり、さまざまな分野から、これからの開発が期待されている技術です。
GCPSを引き起こすのは、GLI3遺伝子の一部欠失
GCPSは、GLI3(GLI-Kruppel family member 3、転写因子グリオブラストーマ3)という遺伝子の機能喪失変異によるものであることが、1997年の研究からわかっています。
GLI3遺伝子の一部が欠失していることにより、この遺伝子が本来持つべき機能が喪失され、発症に至ります。GLI3遺伝子は、染色体の「7p14.1」に位置しています。
なお、同じGCPSを発症している患者でも、欠失のサイズや位置は人によって異なっています。さらに、同じGLI3遺伝子の欠失により発症する別の疾患(Pallister-Hall症候群)もあります。
なぜGLI3遺伝子の欠失がGCPSを引き起こすのか
では、GCPSにおいて機能喪失が起こっているGLI3遺伝子には、もともとどういう役割があるのでしょうか。
まだまだ全貌は未知ですが、GLI3遺伝子は、形態の形成に非常に重要な役割を担うタンパク質であるソニック・ヘッジホッグ(Sonic hedgehog, 以下Shh)の機能に関与していることがわかっています。
Shhは胚の発生段階において細胞の分化や四肢の発生に関与する細胞外シグナル因子(タンパク質)です。GLI3遺伝子はこのShhの転写を抑制するファクターとして働くことがわかっています。つまり、GLI3遺伝子に変異が生じると、Shhタンパク質が亢進した表現型になり、形態形成に影響を及ぼすということを意味します。GLI3が発現している領域もその機能を裏づけており、GLI3はShh発現領域とは離れた場所、肢芽(四肢に分化する細胞)では前、神経管では背側に発現しています。
ソニック・ヘッジホッグシグナル(Shhを中心としたシグナル伝達経路)にはいくつかの経路がありますが、GLI3が関与するのはPtc-Smo-Gli経路と呼ばれ、膜タンパク質PtcとSmo、さらにGLIファミリー(GLI1~GLI3)が関わっています。これらのシグナル伝達経路は発生において最も重要なモルフォゲンとして働いていることが明らかになっています。
GLI3に関する研究は、GCPSをターゲットとした研究以外にも、ソニック・ヘッジホッグシグナルに関する研究、また薬剤抵抗性のてんかん発作を引き起こす視床下部過誤腫に関する研究などでも行われています。
この遺伝子の変異によって、形態の異常、つまり奇形が誘発される機構の解明へも近づきますので、今後もさらなる研究が待たれています。
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染色体欠失箇所「7p14.1」とは
GCPSを引き起こす染色体欠失場所「7p14.1」が何を示すのか、説明しておきましょう。
この箇所にはGLI3遺伝子が位置することを上述しました。「7p14.1」とは、何番染色体のどこに、その欠失箇所が位置しているのかを示す情報になります。そのためにはまず、染色体番号のルールについて知っておく必要があります。
まず、ヒトの常染色体は22対(44本)あります。このひとつひとつに、1から22までの番号がついています。これが頭の数字で、つまり「7p14.1」は7番染色体という意味になります。
次に、染色体は長細い形をしており、動原体とよばれる「くびれ」を持っています。ここを境に短腕(p)と長腕(q)に分かれ、これが記号として書かれています。つまり「7p14.1」はpですので、短腕にあることになります。
そのあとの数字は、中央の動原体に近い方から順に振られている番号を示します。これは、染色体を染めたときに見える縞模様(バンド)などに応じて付番されています。
つまり、「7p14.1」とは、7番染色体のp(短腕)の領域14.1に位置するという意味です。
染色体(遺伝子)の欠失とは
これまで、GCPSはGLI3遺伝子の一部欠失によるものだとご紹介してきましたが、そもそも欠失とは何でしょうか。
その前に、遺伝子疾患は大きく染色体異常と遺伝子異常に分かれます。染色体異常は、本来2つで対になっているはずの染色体が3つになっていたり、1つ足りなかったりする症例です。代表的なものに、いわゆるダウン症候群(21トリソミー、21番染色体が3対になっている、つまり染色体の重複)があります。一方、遺伝子異常は染色体丸ごとではなく、染色体の中の一部が欠失していたり、重複していたりすることを指します。
GCPSは遺伝子異常の疾患で、7番染色体上にあるGLI3遺伝子の一部が欠失しています。しかし、実は同じGCPSという症例でも、欠失が起こっている部分のサイズは患者によってさまざまであることがわかっています。ただ、GCPSはGLI3遺伝子の機能喪失によって起こっていますので、欠失箇所のサイズがさまざまでも、GLI3遺伝子の機能を失わせるだけの欠失が起こっていることは間違いありません。
GLI3遺伝子の機能を失わせるほどの欠失は、1塩基ではないだろうと想像するかも知れませんが、そうとも限りません。1塩基の欠失がフレームシフト変異を起こすことがあるためです。フレームシフト変異とは、塩基の欠失または挿入が起こったことにより、コドン(いわゆる三つ組み暗号)がずれてしまい、遺伝暗号どおりにアミノ酸が合成されなくなる変異です。
実は同じくGLI3遺伝子の機能喪失により発症するPallister-Hall症候群は、このフレームシフトによって発症しているという報告もあります。
染色体や遺伝子の欠失は、誰にでも起こりうる現象です。しかし、その部分の遺伝子が人間にとって生きる上で不可欠であれば、産まれてくることすらできず、流産の原因にもなることがあります。産まれてきたとしても、先天性障害の原因になることもあります。
なお、GCPSでは点変異の患者も少数だけ報告されているようですが、多くの患者はGLI3遺伝子内領域のうち、1塩基欠失(点変異)ではなく、より広い領域の変異を持っているようです。
常染色体優性とハプロ不全
ヒトの染色体は2本で1セットになっています。この2本は、父親と母親から1本ずつ子に受け継がれます。つまり、父親か母親、どちらか片方の染色体にGLI3遺伝子の欠失が起こっていたとしても、もう片方のGLI3遺伝子は変異を起こしていないかもしれません。そういうとき、GCPSは発症しないのでしょうか。
いいえ、残念ながら父母どちらかの遺伝子にGCPSを引き起こすGLI3遺伝子の欠失があり、子がその染色体を受け継いでしまった場合は、子もGCPSを発症することがわかっています。
ならばなぜ、無事であるはずのもう片方のGLI3遺伝子は機能しないのでしょうか。その疑問は、常染色体優性とハプロ不全という現象で説明できます。
一般的には、2本ある染色体のうち片方にだけ変異があったとしても、もう片方の染色体の機能が生きていれば、発症しないことが多いです。しかし、GLI3遺伝子は一方の遺伝子の特徴が出やすい遺伝子で、変異が出た方の遺伝子の特徴が出てしまいます。つまり、2本の染色体がヘテロ(片方がGLI3変異あり、片方がGLI3変異なし)でも、変異ありの異常染色体が「優性」となり、発症してしまうのです。これを常染色体優性と言います。
また、このようにヘテロの状態で機能が不全の状態が見られる現象を、ハプロ不全と呼びます。
なお、この常染色体優性の場合、父母どちらかがGCPS疾患を持っていると、子には50%の確率で同じ表現型になり、同じ疾患を発症します。
パリスター・ホール症候群との違い
パリスター・ホール症候群(Pallister-Hall Syndrome、以下PHS)も、GCPSと同じGLI3遺伝子の欠失により起こる先天奇形症候群のひとつです。
PHSがGCPSと臨床で同じとなる点は、四肢・頭部・顔面の奇形です。異なる点は、GCPSの多指症の多くは軸前性(親指が多い多指症)であり、PHSは中心(人差し指から薬指が多い多指症)または軸後性(小指が多い多指症)である点です。しかしGCPSで軸後性のケースもありますし、また同様の症例を持つ遺伝子疾患はほかにも知られていますので、これらの臨床から判断することは難しく、たいていが遺伝学的にGLI3遺伝子の欠失部位などを見て判断されています。
出生前診断におけるGCPSとその手法
GLI3遺伝子の変異を確認することで、出生前にこのGCPS疾患の有無を調べることができます。
GCPSを見つけ出すことのできる手法としては、FISH法、次世代シークエンサー、マイクロアレイ、リアルタイムPCRなどいくつかあります。出生前診断でGCPSのみを判別するのであれば、上述の手法のうち、FISH法以外であればどれでも原理的に検出は可能です。しかし、さまざまな疾患を一度で確認するような出生前のスクリーニング検査では、これらのうち、網羅的に遺伝子の検出ができる次世代シークエンサーとマイクロアレイがよく利用されています。
次世代シークエンサーとは、その名のとおりシークエンサー(遺伝子配列を読み取る装置)の次世代機で、DNAを断片化し、何百万、何千万もの断片化した遺伝子配列を並列で読み込む方法です。そのため、従来のシークエンサーでは考えられなかったスピードで大量の遺伝子を読むことができ、これにより、出生前の遺伝子の検査ができるのです。
マイクロアレイはチップ上に既知遺伝子の変異プローブ(プローブ:遺伝子の断片)や標準プローブを搭載し、蛍光の強度や色を確認することで、変異を見つけ出すことができる技術です。未知遺伝子も確認できる次世代シークエンサーと比べてマイクロアレイは既知遺伝子のみですが、次世代シークエンサーよりも解析が簡易な検出方法として活用されています。
なお、FISH法は、古来からよく使われてきたCNV(Copy Number Variation、コピー数多型解析)が可能な手法で、蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法とも呼びます。ターゲット領域を認識する蛍光プローブを作成し、蛍光顕微鏡で確認することによって変異を検出します。しかし染色体上の蛍光を顕微鏡で見るという手法には限界があり、変異箇所が大きい場合は確認ができますが、FISH法の解像度は100kb(100,000塩基)程度と言われており、小さな変異は検出が難しいです。よって、網羅的な遺伝学的検査には不向きと言えます。
リアルタイムPCRはCOVID-19など診断法が確立されていないウィルスの診断にも使われている機器で、プローブとプライマーという遺伝子断片を用い、変異の同定や、スクリーニング結果のバリデーションなど多様な用途で利用されています。
まとめ
GCPSは、GLI3という形態形成に重要な役割を担っている遺伝子の一部欠失によって起こります。常染色体優性遺伝のため、父母のどちらかにこの疾患がある場合は、50%の確率で子に遺伝します。しかし、欠失遺伝子座が明らかになっていますので、出生前診断が可能です。
ヒロクリニックNIPTでは、このような全常染色体全領域部分欠失疾患の出生前検査が可能です。命に関わるような重要な疾患となることは稀ですが、欠失のサイズによって重症度が異なるため、出生前の遺伝子検査により治療や予後について個別の対策をあらかじめ立てることができます。
先天奇形症候群のひとつであるグレイグ尖頭多合指症候群(GCPS)は、GLI3遺伝子の一部欠失により起こり、軸前性多趾症、眼間開離、大頭症などが主な症状です。原因遺伝子が判明しているため、出生前診断での検出ができます。
記事の監修者
水田 俊先生
ヒロクリニック岡山駅前院 院長
日本小児科学会専門医
小児科医として30年近く岡山県の地域医療に従事。
現在は小児科医としての経験を活かしてヒロクリニック岡山駅前院の院長として地域のNIPTの啓蒙に努めている。
略歴
1988年 川崎医科大学卒業
1990年 川崎医科大学 小児科学 臨床助手
1992年 岡山大学附属病院 小児神経科
1993年 井原市立井原市民病院 第一小児科医長
1996年 水田小児科医院
資格
小児科専門医