はじめに
近年では晩婚化・晩産化に伴い、妊娠糖尿病は増加傾向にあります。もともと糖尿病を持つ妊婦さんと妊娠糖尿病の妊婦さんを合わせると妊婦全体の約15%が妊娠期のうちに糖尿病と付き合っていることになります。
妊娠糖尿病はきちんと血糖値のコントロールができれば合併症などなく、通常出産ができ、産後の血糖値も元に戻るといわれています。しかしコントロールがうまくいかないと様々な問題が起こってきます。
妊婦さんは妊娠が判明すると妊婦健康診査で様々な検査を行います。こんなに採血しても大丈夫かな?と思う妊婦さんも少なくありません。妊婦健康診査の検査項目の一つに血糖の検査があります。そこで妊娠糖尿病のスクリーニング検査が行われるのです。
任意のものには母体血清マーカー検査やNIPT(新型出生前診断)などがあります。
※NIPT(新型出生前診断)とは、母体から採血し、その血液を検査することにより胎児の染色体異常を調べる検査のことです。
今回は妊娠糖尿病について解説していきます。
妊娠糖尿病とは
妊娠糖尿病とは妊娠をきっかけに初めて発見、発症した糖代謝異常のことで妊娠前は何も異常がなくても、妊娠後ホルモン分泌の変化により血糖値が上ってしまうことがあります。
妊娠糖尿病は通常の糖尿病とは違い出産が終わるとほとんどの場合正常に戻ります。しかし妊娠糖尿病になると母体、胎児に影響が出ることがあるため注意が必要となってきます。
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妊娠糖尿病の原因は?
妊娠中胎盤から分泌されるホルモン(プロゲステロン、プロラクチン、コルチゾール)などインスリンが効きにくくなる作用のあるホルモンが分泌されます。さらに脂肪組織からはインスリンの作用を抑えるサイトカインというタンパク質が分泌されます。そのため妊娠中は普段より血糖値が高くなりやすく安定しにくい状況にあるといえます。
多くの場合は膵臓からのインスリンといわれるホルモンを増やし血糖値をコントロールできるのですが、遺伝や生活習慣、体質により血糖値が高くなってしまうことがあるのです。
このようなホルモンの変化は赤ちゃんが臍帯を通して栄養素を摂るために起こります。ですので赤ちゃんの発育にとってはよいことなのですが、バランスが崩れてしまうとお母さん、赤ちゃんともに悪影響を起こしてしまうことになります。
妊娠糖尿病になりやすい要因
- 家族に糖尿病の人がいる
- 肥満(BMI 25kg/m2 以上)
- 35歳以上の高齢出産である
- 巨大児分娩歴がある
- 妊娠高血圧症群、既往にある
- 羊水過多
- 原因不明の習慣流早産歴がある
- 先天奇形児の分娩歴がある
- 強度の尿糖陽性もしくは2回以上反復する尿糖陽性
上記の項目に一つでも当てはまると妊娠糖尿病になりやすいといえます。
妊娠糖尿病の検査方法は?
初期の妊婦健診の際に随時血糖(通常の血糖検査)を測る項目があります。
この随時血糖値が高いときにはブドウ糖負荷試験という検査をします。
ブドウ糖負荷試験とは糖分の入った(75gのブドウ糖)検査用ジュースを飲んで血糖値を検査する方法です。
妊娠初期に問題がなかった妊婦さんでも妊娠中期、後期には血糖値が高くなることがあります。そのため妊娠中期にもう一度検査があります。
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随時血糖
通常の血糖検査です。通常通り朝食、昼食を摂った後、血糖を測定します。
空腹時血糖
食事を摂らない状態での血糖検査です。朝食、昼食を抜いた状態で検査を行います。
ブドウ糖負荷試験
糖分の入った検査用のジュースを飲んだ後、1時間後、2時間後に採血をして血糖値の状態をみます。
妊娠糖尿病の検査数値の目安
空腹時血糖 | 92mg/dL以上 |
随時血糖値 | 100㎎/dl以上 |
ブドウ糖負荷試験 | 1時間後の血糖:180㎎/dl以上 |
2時間後の血糖 | 153㎎/dl以上 |
※上記の項目の検査数値を総合的に医師が判断して妊娠糖尿病と診断されます。
妊娠糖尿病の症状とは?
妊娠糖尿病の症状はほとんどありません。気づかずうちに血糖値が高くなっていることがありますのできちんと妊婦健診を受けることが重要となってきます。
お母さんの血糖値が高くなると、お腹の赤ちゃんも血糖値が高くなり、下記のような様々な問題が起こることがあります。
母体
妊娠高血圧症候群、羊水過多、網膜症、腎症、肩甲難産(分娩時に赤ちゃんの肩が産道でつかえてしまう)
胎児
流産、巨大児、心臓の肥大、低血糖、多血症、電解質異常、黄疸、胎児死亡
妊娠糖尿病の治療とは?
妊娠中は積極的な運動療法はあまりできないため、まず食事療法を行いそれでもうまくいかない場合、インスリン療法に移行します。
通常の糖尿病と妊娠糖尿病の食事療法の違いは目標とする血糖値の範囲になります。
妊娠糖尿病の場合、血糖値の目標値が食前100㎎/dl、食後2時間120㎎/dl未満となります。
妊娠中は赤ちゃんのために必要なエネルギー、必要な栄養素を摂る必要がありますので、単に食事制限するのではなく、適切な栄養素を含み適切な量をバランスよく摂取しなければなりません。
よって妊娠糖尿病食は通常の糖尿病食よりも食事量は多くなります。ただし妊娠糖尿病の状態や妊娠の時期によって目標摂取量は変わっていくため医師の指示に従う必要があります。
食事療法ではもう一つ注意しなけれなならない点は、お母さんと赤ちゃんにきちんと栄養が行き届き、かつ食後の高血糖を起こさず、空腹時のケトン体産生が増加しないように気を付けていく必要があります。
空腹時、お母さんの血液中の糖は赤ちゃんのエネルギー源として優先的に使われます。一方、お母さん自身は脂肪をエネルギー源として利用します。この脂肪をエネルギーとして使用する際、ケトン体という物質が作られます。このケトン体が多く作られてしまった場合、糖尿病ケトアシドーシスという病気の誘因となり、妊娠中はその病気のリスクが高くなります。
糖尿病ケトアシドーシスはお母さんと赤ちゃんの生命にかかわる病気です。過剰なエネルギー制限は体内にケトン体を過剰に作り出します。特に肥満妊婦さんの過剰なエネルギー制限は注意が必要です。
妊娠糖尿病の妊婦さんの標準的なダイエットは通常の妊婦食の30%減らした程度の量でそれ以上減らすことは避けるべきと言われています。
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糖尿病ケトアシドーシスとは
脂肪の分解によってケトン体という物質が血液中に増え、血液が酸性に傾き、高度の脱水状態になります。症状としては急にのどが渇き、たくさん水を飲み、尿がたくさん出て、全身がだるくなります。お腹が痛くなり吐き気を伴うこともあり、このような症状が出た場合には注意が必要です。ひどい場合は意識がなくなることがあります。
食事療法を行っても血糖管理が不十分な場合は、インスリン療法を行っていきます。糖尿病の場合には経口血糖降下薬という内服薬を使用することができますが、妊娠糖尿病の場合は使用できないため、赤ちゃんに安全なインスリン注射を使用します。
妊娠糖尿病の場合、血糖値の厳重な管理がとても大切です。食前100㎎/dl、食後2時間120㎎/dl未満を目標に管理します。妊娠が進むとともにインスリンの使用量が増えていき心配になる妊婦さんが多いのですが、ほとんどの場合には出産後に中止できるので心配しないようにしましょう。
妊娠糖尿病の食事・予防
妊娠中適度な運動は必要ですが、あまり強度な運動は控えた方がよいため、妊娠糖尿病予防のためにはまず食事に注意していくことをお勧めいたします。
妊娠糖尿病の食事療法では一度に多くのエネルギーを摂取し高血糖になる、ということを避けていかなければなりません、そのため、一回の食事量を減らし、食事と食事の合間におやつを食べる分食という方法が一般的になります。計6回の食事を行うことで血糖値が安定します。
食事の注意点
- 規則正しく
- バランスよく
- 血糖上昇が穏やかなものを選ぶ
生活リズムを整え、食事と食事の間隔を一定にします。食事を抜いたり、食事の時間が不規則になると血糖値が安定しません。特に働いている妊婦さんは朝食を抜いたり、平日は規則正しくても休日になると食事の時間が不安定になりがちです。毎日同じ時間に規則正しく食事を摂るようにしましょう。
一日の適正エネルギー量を3等分~6等分(朝・昼・夜・食間のおやつ)カロリーを分けて食べるようにします。一回の食事量が多すぎても少なすぎても血糖が安定しません。まとめ食いは急激な血糖の上昇を起こしやすくするためしないようにしましょう。
一日の適正エネルギー量配分
- 炭水化物50~60%
- タンパク質15~20%
- 脂質20~25%
食卓には一般的にいわれている主食・主菜・副菜が揃っていることが理想です。
炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルをバランスよく摂取することで代謝が循環し効率的にエネルギーを燃やすことができます。
おやつ選びのポイントは炭水化物や糖質を多く含むものを摂らないように気を付けることです。
ヨーグルト(無糖)や小魚アーモンドなどのタンパク質、脂質がバランス良く含まれてるもは血糖の上昇が穏やかです。
妊娠糖尿病の産後の注意点は?
産後健診の際、ブドウ糖負荷試験を受け、妊娠糖尿病が治っているかどうか診てもらう必要があります。治っていても妊娠糖尿病になった方は次回の妊娠も妊娠糖尿病になりやすく、将来糖尿病になる可能性が7倍という高頻度ですので定期的な健診をお勧めします。
母乳を与えることでお母さんも赤ちゃんも将来糖尿病になる頻度が減ると言われていますので、母乳栄養を心がけてみてください。
おわりに
妊娠糖尿病は妊娠中の心配な病気の一つです。病気の正しい知識を持ち心配事を減らしマタニティライフを快適なものにしていきましょう。
妊娠糖尿病はお母さん、赤ちゃんの将来の糖尿病やメタボリックシンドロームにも関係するため、ライフスタイルを気を付けるようにしましょう。
記事の監修者
白男川 邦彦先生
ヒロクリニック名古屋駅前院 院長
日本産科婦人科学会専門医
産婦人科専門医として40年近くにわたる豊富な経験を持ち、多くの妊婦さんとかかわる。
現在はヒロクリニック名古屋駅前院の院長としてNIPTの検査担当医を行う一方、全国のヒロクリニック各院からのオンラインで妊婦さんの相談にも乗っている。
経歴
1982年 愛知医科大学付属病院
1987年 鹿児島大学附属病院 産婦人科
1993年 白男川クリニック 院長
2011年 かば記念病院
2019年 岡本石井病院
2020年 ヒロクリニック名古屋駅前院 院長