ペルオキシソーム生合成障害(PBDs)の一種であるツェルベーガー症候群スペクトラム(ZSD)は、PEX1遺伝子の変異により引き起こされる稀な疾患です。細胞内で脂肪の分解や神経系の発達を助けるペルオキシソームが正常に機能しないことで、視力や聴力の低下、発達遅延、さまざまな神経症状を引き起こします。この記事では、PEX1遺伝子とZSDの症状・診断方法・最新の治療研究について、わかりやすく解説します。
遺伝子・疾患名
PEX1|Peroxisome Biogenesis Disorder, Zellweger Syndrome Spectrum (PEX1-related)
概要 | Overview
ペルオキシソーム生合成障害(Peroxisome Biogenesis Disorders:PBDs)、特にツェルベーガー症候群スペクトラム(Zellweger Syndrome Spectrum:ZSD)は、PEX1という遺伝子の異常によって引き起こされる希少な遺伝性疾患群です。ペルオキシソームとは、細胞の中で脂質(脂肪)の代謝や酸化ストレスへの対応、神経系の髄鞘(神経の電気信号伝達を助けるカバー)の形成に重要な役割を果たしている小器官の一種です。この病気では、そのペルオキシソームが正常に作られず、うまく機能しなくなります。ZSDには症状の重さによっていくつかのタイプがあり、従来は、最も重い「ツェルベーガー症候群」、中程度の「新生児型副腎白質ジストロフィー」、比較的軽い「乳児型レフサム病」の3つに分類されています。主な症状としては、徐々に進行する視力の低下、難聴、発達の遅れ、さまざまな神経症状が見られます。
疫学 | Epidemiology
ZSDは、常染色体劣性遺伝という形式で遺伝する疾患です。この遺伝形式は、父母の両方からそれぞれ異常な遺伝子を受け継ぐことで初めて病気が発症するもので、生まれる子どもの約5万人に1人の割合で発症すると推定されています。ただし、この頻度には地域差があります。ZSDのうち約70%はPEX1遺伝子の異常が原因です。特に多く見られるのがc.2528G>A(p.Gly843Asp)という変異で、この変異を持つ患者さんでは比較的軽い症状が現れることが多いとされています。
病因 | Etiology
ZSDはPEX1遺伝子の異常が原因です。PEX1遺伝子は、ペルオキシソームが正常に組み立てられるために重要な遺伝子で、「エクスポルトマー(exportomer)」というタンパク質複合体を構成しています。このエクスポルトマーは、ペルオキシソームが働くのに必要なタンパク質をリサイクルする役割を担っています。PEX1の異常によってこのリサイクル機能が妨げられると、ペルオキシソームの重要な役割である脂肪酸の分解やプラスマローゲン(細胞膜に重要な脂質の一種)の合成、活性酸素(細胞を傷つける可能性のある有害物質)の除去がうまく行われなくなります。最近の研究では、この機能不全のペルオキシソームが「ペルオキシン(peroxin)」というタンパク質を異常に蓄積させ、それがミトコンドリア(細胞のエネルギー工場として知られる器官)にも影響を与え、ミトコンドリアの働きを弱めて病気の症状をさらに悪化させることもわかってきています。
症状 | Symptoms
患者さんの症状には幅があり、重いものから比較的軽いものまでさまざまです。一般的な症状としては、網膜の変性に伴う視力の低下、難聴、筋肉の緊張が弱くなる筋緊張低下(低緊張、hypotonia)、頭部や顔面の形態異常、歯のエナメル質の形成異常、発達の遅れ、肝臓機能障害、神経系の異常などが挙げられます。特に、網膜ジストロフィー(網膜の進行性の変性)はZSD患者さんのほぼ全員に現れ、症状の軽いケースでも、遅くとも子どもから成人の初期にかけて法的失明(視力が非常に低下する状態)に至ることが一般的です。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
診断では、まず血液検査などで体内の「極長鎖脂肪酸(very long-chain fatty acids:VLCFA)」が増加しているか、またはプラスマローゲンの量が減少しているかを調べます。その後、PEX1遺伝子の異常を遺伝子検査で確認します。また、眼科的な検査として、眼底検査(眼球内部を直接観察)、網膜電図検査(電気信号で網膜の働きを調べる検査)、光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)による網膜の状態の詳しい評価を行います。これらの検査では、網膜色素の変化、視神経乳頭(視神経が網膜に入る場所)の異常、網膜の裂け目状の変化(網膜分離に似た変化)や網膜機能の低下が認められます。
治療法と管理 | Treatment & Management
現状では、ZSDの根本的な治療法はなく、症状を緩和するための対症療法(視力や聴力を補助する装具、発達を支援するリハビリなど)が中心です。しかし、研究段階では遺伝子補充療法(異常な遺伝子を補う治療)が行われており、動物モデルでは網膜の変性を遅らせたり、視覚機能を部分的に回復させたりする効果が認められています。また、細胞内のペルオキシソームの分解(pexophagy)を抑制する薬剤(ヒドロキシクロロキン)なども研究されています。神経内科、眼科、遺伝子医療、代謝疾患専門医など、複数の専門医が協力して患者さんを支援する総合的なケア(多職種連携)が不可欠です。
予後 | Prognosis
予後(病気の経過や将来の見通し)は症状の重さによって大きく異なります。最も重症のツェルベーガー症候群の場合、多くが1歳未満で多臓器不全により亡くなります。症状が中等度や軽度の場合は成人期まで生存可能ですが、視力・聴力の低下や神経症状は徐々に進行し、生活の質に大きな影響を与えます。しかし、特に視力や聴力の管理など、早期から適切なサポートを受けることで、患者さんの生活の質を改善できる可能性があります。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
PEX1, ペルオキシソーム生合成障害, ツェルベーガー症候群スペクトラム, Zellweger症候群, 副腎白質ジストロフィー, 乳児型レフサム病, c.2528G>A, p.Gly843Asp, ペルオキシン, 極長鎖脂肪酸, プラスマローゲン, 網膜ジストロフィー