アッシャー症候群(タイプ1F)

PCDH15|Usher Syndrome, Type 1F

Usher症候群1F型(USH1F)は、PCDH15遺伝子の変異により発症するまれな遺伝性疾患で、生まれつきの感音性難聴、前庭機能不全によるバランス障害、進行性の網膜色素変性(RP)を特徴とします。本記事では、USH1Fの原因、症状、診断、治療法について詳しく解説します。

遺伝子・疾患名

PCDH15|Usher Syndrome, Type 1F

概要 | Overview

Usher症候群1F型(USH1F)は、PCDH15遺伝子の変異によって引き起こされるまれな常染色体劣性疾患です。PCDH15遺伝子はプロトカドヘリン-15(protocadherin-15)という構造タンパク質をコードしており、主に内耳(蝸牛)と網膜の機能に関与しています。このタンパク質は、カルシウム依存性の細胞間接着を仲介し、特に内耳の感覚細胞において機械刺激を神経信号に変換する役割を担っています。USH1Fの主な特徴として、生まれつきの感音性難聴、前庭機能不全によるバランス障害、および進行性の網膜色素変性(retinitis pigmentosa, RP)が挙げられます。RPは思春期から成人期にかけて視野狭窄を引き起こし、最終的には中年期までに高度の視力障害に至ることが多いとされています。Usher症候群は遺伝的要因による難聴・視覚障害の中で最も一般的な疾患であり、そのうちUSH1Fは全体の3~11%を占めると推定されています。

疫学 | Epidemiology

Usher症候群は全世界で約3万人に1人の割合で発症すると考えられていますが、地理的・遺伝的要因によって1万人あたり1~17人と発生率にはばらつきがあります。Usher症候群のうち、1型(USH1)は特に重症なタイプであり、その中でUSH1Fは11~19%を占めるとされています。特定の集団においては創始者効果(Founder effect)によって発症率が高くなることがあり、たとえばアシュケナージ系ユダヤ人では、PCDH15遺伝子の特定の変異(ナンセンス変異)が比較的高頻度に認められます。この集団では、保因者頻度が約2%と推定されており、USH1症例の最大60%がこの遺伝子変異に関連していると報告されています。また、Usher症候群は先天性難聴の3~6%、RPの8~33%を占めており、遺伝性の難聴・視覚障害の主要な原因のひとつです。

病因 | Etiology

USH1Fは、PCDH15遺伝子の両アレル(ホモ接合性または複合ヘテロ接合性)の変異によって発症します。この遺伝子は10番染色体の長腕(10q)に位置し、プロトカドヘリン-15という大型のカドヘリン関連タンパク質をコードしています。プロトカドヘリン-15は、蝸牛の有毛細胞における「チップリンク」と呼ばれる微細な線維構造の重要な構成要素であり、カドヘリン-23(CDH23)と相互作用することで、音の振動を神経信号に変換する役割を果たします。このチップリンクが機能しないと、有毛細胞の働きが損なわれ、重度の感音性難聴と前庭機能不全を引き起こします。また、プロトカドヘリン-15は網膜の視細胞(ロッド細胞とコーン細胞)にも発現しており、このタンパク質の異常によって視細胞の変性が進行し、網膜色素変性を発症します。

PCDH15遺伝子であれば当院のN-advance FM+プランN-advance GM+プランで検査が可能となっております。

症状 | Symptoms

USH1Fは、以下の3つの主要な症状を特徴としています。

まず、生まれつきの感音性難聴が見られます。これは両耳ともに高度から重度の難聴を伴い、聴覚補助機器(補聴器)では十分な音の認識が難しくなります。そのため、多くの患者では早期の人工内耳(cochlear implant, CI)の埋め込みが推奨されます。

次に、**前庭機能不全(前庭無反射症)**によってバランス感覚が損なわれます。このため、運動発達が遅れ、生後18か月以降にならないと独立歩行ができないことが一般的です。また、バランスを取るのが難しく、転倒のリスクが高くなります。

最後に、**進行性の網膜色素変性(RP)**が発症します。通常、夜盲(暗所での視力低下)が最初に現れ、学童期から青年期にかけて周辺視野の喪失(トンネル視野)を伴う視力障害が進行します。最終的には、50歳ごろまでに高度の視力低下に至ることが多いとされています。RPの病理的特徴として、視細胞の中でもまずロッド細胞(桿体細胞)が障害され、その後コーン細胞(錐体細胞)の機能も低下し、視野の狭窄が進行します。

検査・診断 | Tests & Diagnosis

USH1Fの診断には、聴覚、前庭、眼科的検査に加えて遺伝子検査が必要です。

聴力検査では、生後すぐの新生児聴覚スクリーニングで難聴が検出され、脳幹聴覚反応(ABR)検査によって診断が確定されます。前庭機能の評価には、ビデオ眼振記録(VNG)や回転椅子試験を用い、水平眼振の消失を確認します。眼科検査としては、網膜電図(ERG)により初期のロッド細胞の機能低下を検出でき、眼底検査では網膜色素沈着が認められます。視野検査では、進行性の周辺視野の狭窄を確認できます。確定診断のためには次世代シーケンシング(NGS)を用いたPCDH15遺伝子の解析が推奨されます。

治療法と管理 | Treatment & Management

USH1Fの根治的治療法は現在のところ確立されていませんが、症状の進行を遅らせ、生活の質を向上させるための管理が重要です。

聴覚の補助として、1歳未満での人工内耳(CI)の早期埋め込みが推奨されます。しかし、PCDH15変異がCIの効果に影響を与える可能性があるため、個別の評価が必要です。視覚障害に対しては、低視力補助具や点字教育、移動訓練が有効です。現在、遺伝子治療の研究が進んでおり、アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた遺伝子導入による網膜機能回復が動物実験で示唆されています。幹細胞療法や網膜神経保護薬の開発も進行中です。バランス障害に対しては、前庭リハビリテーションが有効であり、早期の運動訓練によって転倒リスクを軽減できます。

予後 | Prognosis

USH1Fは進行性の疾患であり、一生涯にわたる感覚障害を伴います。早期の人工内耳埋め込みによって聴覚の一部が回復する可能性はありますが、網膜色素変性の進行により中年期には高度の視覚障害が避けられないことが多いです。現在、遺伝子治療の開発が進められていますが、2023年時点では、USH1Fに対する視力回復のためのFDA承認治療は存在していません。