鎌状赤血球症

HBB|Sickle-Cell Disease

鎌状赤血球症(Sickle Cell Disease)は、遺伝子「HBB」の変異が原因で赤血球が鎌状に変形し、血管を詰まらせる遺伝性の疾患です。主な症状は激しい痛みや貧血、感染症への抵抗力低下で、世界に約320万人の患者がいます。現在、遺伝子治療やmiRNAなど新技術を用いた治療法が注目されています。

遺伝子・疾患名

HBB|Sickle-Cell Disease

概要 | Overview

鎌状赤血球症(Sickle Cell Disease、略称:SCD)は、遺伝性の血液疾患の一群を指し、ヘモグロビンS(HbS)という異常なヘモグロビンが原因で起こります。ヘモグロビンは赤血球の中で酸素を運搬するタンパク質ですが、HbSは特定の遺伝子(ヘモグロビンβサブユニット遺伝子、略称:HBB)の一部に変異が生じて生まれます。この変異により、アミノ酸のグルタミン酸(Glu)がバリン(Val)に置き換わります(β6 Glu→Valという変異)。この異常により、低酸素状態になるとヘモグロビンが鎖状に重合(ポリマー化)し、赤血球が硬く鎌(かま)のように変形します。変形した赤血球は細い血管を詰まらせ(血管閉塞)、赤血球の寿命を縮めるため溶血性貧血を起こします。その結果、慢性的な臓器障害や激しい痛みの発作、感染症への抵抗力低下などが生じ、寿命を縮めることがあります。

概要(疾患の種類と分布)

鎌状赤血球症には、鎌状赤血球貧血(HbSS型)のほか、HbSβサラセミア、HbSC、HbSD、HbSEなどの型があります。その中で、HbSS型とHbSβ⁰サラセミアが最も重症です。この疾患は世界的に広く見られますが、特にアフリカ(サハラ以南)、中東、インド、および南北アメリカのアフリカ系住民に多く見られます。マラリアが頻繁に流行する地域で特に患者が多いのは、鎌状赤血球の遺伝子を片方だけ持つ人(鎌状赤血球形質:HbAS型)がマラリアに対して一定の抵抗力を持つためです。治療では従来、胎児ヘモグロビン(HbF)の濃度を上げて症状を軽減する目的でヒドロキシウレア(Hydroxyurea、略称:HU)が主に使われてきましたが、副作用などの問題から、新たにマイクロRNA(miRNA)を利用した治療や遺伝子編集、遺伝子治療などの新技術の開発が進められています。

疫学 | Epidemiology

鎌状赤血球症の患者は世界中で約320万人おり、毎年約30万人の新生児が診断されています。そのうち約75%はサハラ以南のアフリカに集中しています。また、アメリカ合衆国にも10万人以上のアフリカ系アメリカ人患者がいます。この病気がアフリカ、中東、インドなどで特に多いのは、マラリアの流行地域と歴史的に一致しているためです。鎌状赤血球形質(HbAS型)は重症マラリアに対する防御効果を持つため、この遺伝子変異(HBB遺伝子の変異:c.20T>A, p.Glu6Val)は7000年以上前から消えることなく残っています。

疫学的変異(地域差による症状の違い)

鎌状赤血球症の症状の重さは、HBB遺伝子周辺にある遺伝子マーカー(ハプロタイプ)の違いによって異なります。特にアラブ・インド型(AI型)やセネガル型(SEN型)と呼ばれるハプロタイプは胎児ヘモグロビン(HbF)が多く、症状が比較的軽くなります。一方、中央アフリカ共和国型(CAR型、別名バントゥ型)は症状が重い傾向があります。こうした遺伝子の違いは、歴史的な人口の移動や、アフリカから大西洋・サハラを越えて行われた奴隷貿易の影響を受けて広まりました。

病因 | Etiology

鎌状赤血球症は11番染色体(位置11p15.4)にあるHBB遺伝子に起きる、劣性遺伝形式の遺伝子変異が原因です。この変異により、赤血球が酸素不足になるとヘモグロビンSが重合し、赤血球の形が変わって血管閉塞や溶血を起こします。症状の重さには胎児ヘモグロビン(HbF)の量や遺伝的なハプロタイプ、他の遺伝子変異(αサラセミアなど)、環境因子などが影響します。

HBB遺伝子であれば当院のN-advance FM+プランN-advance GM+プランで検査が可能となっております。

症状 | Symptoms

鎌状赤血球症の主な症状には、激しい痛みを伴う血管閉塞発作、急性胸部症候群、脳卒中、脾臓機能低下、感染症へのかかりやすさ、慢性的な溶血性貧血、胆石症、腎機能障害、肺高血圧症、骨の無血管壊死、足の潰瘍、持続勃起症(陰茎の痛みを伴う異常勃起)、網膜症などがあります。症状は型によって異なりますが、HbSS型が最も重症で、HbSC型やHbSE型は比較的軽いとされていました。しかし最近ではHbSE型でも深刻な血管閉塞発作や死亡例も報告されています。

検査・診断 | Tests & Diagnosis

鎌状赤血球症の診断は、ヘモグロビン電気泳動法や高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などを用いてヘモグロビンの種類を特定し、さらに遺伝子検査(DNAシークエンス)で確定します。特に新生児のスクリーニング検査や妊娠前の検査を通じて早期に発見し、遺伝カウンセリングや出生前診断による新たな患者の発生を予防することも可能です。

治療法と管理 | Treatment & Management

ヒドロキシウレア(HU)は主な治療薬として米国食品医薬品局(FDA)に承認され、HbFの増加によって症状を軽減しますが、副作用が問題視されています。現在は、ミクロRNAを利用してHbFを増やす治療法や、Voxelotor(ボクセロトール)、Crizanlizumab(クリザンリズマブ)、遺伝子編集技術(CRISPR-Cas9)や遺伝子治療(例:BCH-BB694)の開発が進み、治療効果の向上が期待されています。

予後 | Prognosis

鎌状赤血球症の予後は、HbF濃度や遺伝子のタイプによって大きく異なります。HbF濃度が高いほど症状は軽くなり、特にHbFが20%以上ある場合、合併症のリスクが著しく減ります。しかし、成人期には腎障害や肺高血圧症などの重い合併症が増え、現在も症状管理や治療の改善が求められています。

引用文献|References

キーワード|Keywords

鎌状赤血球症, Sickle Cell Disease, SCD, HBB遺伝子, HbS, HbSS型, HbSC型, HbSβサラセミア, ヘモグロビンS, 遺伝子治療, CRISPR-Cas9, miRNA, ヒドロキシウレア, Voxelotor, Crizanlizumab, 溶血性貧血