ピルビン酸デヒドロゲナーゼ欠損症

PDHB|Pyruvate Dehydrogenase Deficiency (PDHB-related)

ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(PDHc)欠損症は、糖代謝に関与する重要な酵素の異常によって発症する希少な遺伝性疾患です。特にPDHB遺伝子変異が関与するケースでは、神経発達遅滞や乳酸アシドーシスが特徴的な症状として現れます。本記事では、PDHB関連PDHc欠損症の症状、診断方法、治療の現状について詳しく解説します。

遺伝子・疾患名

PDHB|Pyruvate Dehydrogenase Deficiency (PDHB-related)

概要 | Overview

ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(PDHc)欠損症は、ミトコンドリア内で糖代謝を担う重要な酵素の機能異常により、エネルギー産生が阻害される遺伝性疾患である。特に、PDHB(ピルビン酸デヒドロゲナーゼE1βサブユニット)遺伝子の変異によるPDHc欠損症は稀であり、主に中枢神経系に影響を及ぼす。臨床症状は、新生児期から幼児期にかけて発症し、発達遅滞、筋緊張低下、痙攣、運動失調などが見られる。脳のMRIでは、脳梁形成不全、ライ症候群様病変、脳室拡大などの異常が観察されることが多い。

本疾患は主に常染色体劣性遺伝形式をとり、診断には遺伝子解析および酵素活性測定が用いられる。治療としては、糖質代謝の負担を軽減するためのケトン食療法やチアミン補充療法が推奨されるが、根本的な治療法は確立されていない。

疫学 | Epidemiology

PDHc欠損症は、主にPDHA1遺伝子の変異によるX連鎖性遺伝疾患として発症するが、PDHB遺伝子変異による症例は非常に稀である。過去の報告では、1970年から2014年の間に報告されたPDHc欠損症のうち、PDHB変異が関与するケースは全体の約4~9%に過ぎない。

本疾患は性別に関係なく発症し、特に重篤な代謝異常を伴う新生児期発症例では、出生直後から乳酸アシドーシスが認められる。一方で、発症年齢や症状の進行度には個人差が大きく、軽症例では小児期以降に間欠性の運動失調や発作を呈することがある。

病因 | Etiology

PDHB遺伝子は3番染色体(3p14.3)に位置し、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体のE1βサブユニットをコードする。この酵素は、糖代謝の重要な経路であるクエン酸回路において、ピルビン酸をアセチルCoAに変換する役割を担う。

PDHB変異によるPDHc欠損症では、この反応が阻害され、ピルビン酸が乳酸へと変換されることで、慢性的な乳酸アシドーシスを引き起こす。特に、c.575G>T(p.Arg192Leu)変異は、PDHBタンパク質の構造を不安定化し、酵素活性を著しく低下させることがin vitroの研究で確認されている。

PDHB遺伝子であれば当院のN-advance FM+プランN-advance GM+プランで検査が可能となっております。

症状 | Symptoms

PDHB関連PDHc欠損症の症状は多岐にわたるが、主に以下の特徴がある。

  • 神経症状: 発達遅滞、筋緊張低下、痙攣、運動失調、ジストニア
  • 脳MRI異常: 脳梁形成不全、ライ症候群様病変、脳室拡大
  • 眼症状: 眼振、視神経萎縮、眼瞼下垂、斜視
  • 成長障害: 胎内発育遅延、小頭症、長管骨短縮(稀)
  • 精神症状: 軽症例では青年期以降に幻覚や妄想などの精神症状が見られることがある

検査・診断 | Tests & Diagnosis

診断は以下の検査を組み合わせて行う。

  • 生化学検査: 血中乳酸およびピルビン酸の上昇、乳酸/ピルビン酸比の正常範囲(10~20)
  • 尿および髄液分析: 乳酸およびピルビン酸の上昇
  • 酵素活性測定: PDHc活性の低下(線維芽細胞、リンパ球、骨格筋)
  • 脳MRI: 脳梁形成不全、基底核の高信号病変
  • 遺伝子検査: PDHB遺伝子の変異解析(WESやターゲットパネル解析)

治療法と管理 | Treatment & Management

現在、PDHB関連PDHc欠損症の根本的な治療法は存在しないが、以下の対症療法が推奨される。

  • ケトン食療法: 高脂肪・低炭水化物食を推奨(推奨比率3:1~4:1)
  • ビタミン療法: チアミン(ビタミンB1)の補充(300~1000mg/日)
  • 対症療法: けいれん管理(抗てんかん薬、ケトン食)、筋緊張異常に対するボツリヌス毒素注射、理学療法・作業療法
  • 酸塩基平衡の管理: 乳酸アシドーシスの補正(重炭酸ナトリウム、クエン酸)
  • 遺伝カウンセリング: 家族歴の評価と発症リスクの特定

予後 | Prognosis

PDHB関連PDHc欠損症の予後は、発症時期や症状の重症度によって大きく異なる。新生児期に乳酸アシドーシスを呈する重症例では、生命予後が不良であり、早期の神経退行が進行する。一方で、軽症例では小児期以降も生活の質を維持できる場合がある。

ケトン食療法は、特に神経症状の改善に有効であり、早期の介入が発達予後を向上させる可能性がある。しかし、治療反応には個人差があり、長期的なフォローアップと多職種チームによる包括的な管理が必要である。

本疾患は依然として診断・治療が難しく、今後の研究による新たな治療法の開発が期待される。

引用文献|References

キーワード|Keywords

PDHB, ピルビン酸デヒドロゲナーゼ欠損症, PDHc欠損症, 乳酸アシドーシス, ミトコンドリア疾患, PDHA1, ケトン食療法, チアミン補充, 遺伝子変異, 代謝異常, 神経発達遅滞, ライ症候群