6-ピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素(PTPS)欠損症は、希少な遺伝子疾患の一種で、脳内で重要な働きをする物質「BH4」が不足することで起こります。この病気では、ドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質が十分に作られなくなり、発達の遅れや精神症状、運動障害などが現れます。特に診断が難しい遺伝子変異もあり、早期の診断と適切な治療が生活の質を大きく左右します。本記事では、症状や治療法、最新の研究動向を分かりやすく解説します。
遺伝子・疾患名
PTS|6-Pyruvoyl-Tetrahydropterin Synthase (PTPS) Deficiency
概要 | Overview
6-ピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素(PTPS)欠損症は、PTSという遺伝子に変異(遺伝子の一部が正常と異なる状態)が起こることで発症する珍しい遺伝病です。この病気では、神経伝達物質(脳内で情報を伝える物質)であるドーパミンやセロトニンの合成や、フェニルアラニン(タンパク質を構成するアミノ酸の一種)の代謝に欠かせない「テトラヒドロビオプテリン(BH4)」という物質が体内で十分に作られなくなります。PTPS欠損症はBH4が不足する病気(BH4欠損症)の中で最も多く、全世界のBH4欠損症患者のうち約54~65%がこのタイプに該当します。この病気の患者は、血液中のフェニルアラニン濃度が高くなる「高フェニルアラニン血症」を発症し、神経伝達物質がうまく作られなくなることでさまざまな神経症状を引き起こします。
疫学 | Epidemiology
PTPS欠損症は世界的に最も多いタイプのBH4欠損症で、BH4欠損症全体の約65%を占めています(BIODEFdbという国際的なデータベース、2015年の統計)。地域による差も大きく、特に台湾では高フェニルアラニン血症の患者の約30%がBH4欠損症ですが、白人を中心とした欧米ではわずか1%程度です。2024年に発表された研究では、世界で報告されたPTPS欠損症患者の数は約735例とされています。
病因 | Etiology
PTPS欠損症は、11番染色体の「PTS」という遺伝子に生じる常染色体劣性の変異が原因です。「常染色体劣性」とは、父母両方から遺伝子変異を受け継いだ場合にのみ病気を発症する仕組みです。この遺遺伝子は、BH4を作る際の重要な酵素「PTPS」を作る設計図として機能しています。この酵素は、BH4を作る過程の2番目の反応を担当し、「7,8-ジヒドロネオプテリントリリン酸(DHNTP)」という物質を「6-ピルボイルテトラヒドロプテリン(6-PTP)」に変換しています。遺伝子に起こる変異によってこの酵素がうまく働かなくなると、BH4が十分に作られません。この変異には、アミノ酸が置き換わるミスセンス変異や、遺伝子の通常検査では見つけにくい深部イントロン変異(遺伝子内の非コード領域に起こる変異)があり、後者は遺伝子の読み取りミスを起こし、症状を重くする場合があります。
PTPS欠損症では、PTS遺伝子の変異によりBH4が十分に作られなくなります。BH4が足りないことで、フェニルアラニンの代謝や、ドーパミン、セロトニン、アドレナリン、ノルアドレナリンなど重要な神経伝達物質の合成が低下します。特にドーパミンが不足すると、前述したさまざまな神経や精神症状が引き起こされます。また、深部イントロン変異と呼ばれる特殊な遺伝子変異が原因で異常な遺伝子読み取り(スプライシング)が起きることがあり、これは通常の遺伝子検査では見つけにくく、診断や治療を難しくしています。
症状 | Symptoms
PTPS欠損症では、高フェニルアラニン血症による脳への影響と、神経伝達物質の不足からさまざまな神経症状や精神症状が現れます。典型的には発達の遅れ、筋肉の弱さ(低緊張)、手足や体の動きがゆっくりになる症状(徐動)、筋肉が勝手に収縮して異常な姿勢になる(ジストニア)、飲み込みにくさ、体温調節異常(高熱)、けいれん発作、目が上を向いて動かなくなる(眼球上転発作)などがあります。注意欠陥多動性障害(ADHD)、不安、うつ、攻撃性、反抗的な行動などの精神症状も頻繁に現れます。これらの精神症状は治療を受けても改善が難しく、日常生活に大きな影響を与えることがあります。また、ドーパミン不足によりプロラクチンというホルモンが異常に増える「高プロラクチン血症」も多く、特に思春期以降の女性では生理不順や無月経、乳房の痛みや腫れなどの症状が出ることがあります。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
PTPS欠欠損症は主に新生児スクリーニング(生後まもなく行う検査)で発見されることが多く、血液中のフェニルアラニンが高いことが最初の手がかりとなります。確定診断のためには、脳脊髄液(脳や脊髄の周囲を流れる液体)中の神経伝達物質の代謝産物である「ホモバニリン酸(HVA)」や「5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)」が低下していることを確認します。また、プロラクチンの高値も診断の参考になります。遺伝子検査、とくに深部イントロン変異も検出できるRNA(リボ核酸)解析技術が診断を確実にします。
治療法と管理 | Treatment & Management
PTPS欠損症の主な治療は、BH4や神経伝達物質の前駆物質であるレボドパ(ドーパミン用)や5-ヒドロキシトリプトファン(セロトニン用)の補充療法です。ただし、BH4は脳内への移行が難しく、効果に限界があります。高プロラクチン血症に対してはカベルゴリンなど長時間作用型ドーパミン作動薬が使われます。また、現在研究中のRNAを使った新たな治療法(アンチセンス核酸治療)も注目されています。
予後 | Prognosis
PTPS欠損症は早期発見と早期治療が重要で、治療を受けた患者は症状が改善しますが、精神症状や内分泌症状が残ることがあります。長期的には継続的な管理が必要であり、定期的な診察や合併症の予防が重要となります。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
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