脈絡網膜輪状萎縮(GACR)は、オルニチンアミノトランスフェラーゼ(OAT)遺伝子の変異により発症する希少疾患で、進行性の網膜変性を引き起こします。本記事では、GACRの原因、症状、診断方法、治療の可能性について詳しく解説し、最新の研究情報を提供します。
遺伝子・疾患名
OAT|Ornithine Aminotransferase Deficiency
GACR; Gyrate Atrophy of Choroid and Retina; Gyrate Atrophy; Hyperornithinemia;
概要 | Overview
脈絡網膜輪状萎縮(Gyrate Atrophy of the Choroid and Retina, GACR)は、オルニチンアミノトランスフェラーゼ(OAT)という酵素の欠損によって引き起こされる常染色体劣性遺伝疾患です。OATはピリドキサールリン酸(ビタミンB6の活性型)を必要とするミトコンドリア酵素で、オルニチンをピロリン-5-カルボン酸(P5C)へ変換する働きを持っています。このP5Cはプロリンやグルタミン酸の代謝に関与する重要な中間代謝産物です。
OATが欠損すると、血中のオルニチン濃度が異常に高くなる(高オルニチン血症)ことで、視細胞や網膜の組織が徐々に障害を受け、進行性の網膜変性を引き起こします。この疾患を持つ患者は青年期までに視野が狭くなり、中年期には失明に至ることが一般的です。また、白内障の早期発症やII型筋線維の萎縮(筋力低下)などの全身症状を伴うこともあります。
ほとんどの患者は知的発達に問題はないとされていますが、一部では脳の白質異常やクレアチン不足などの神経学的異常が報告されています。
疫学 | Epidemiology
GACRは非常にまれな疾患であり、特にフィンランドでの研究が進んでいます。この国では、GACRの発症頻度が約5万人に1人と推定されています。しかし、フィンランド以外でもカナダ、ドイツ、イタリア、イスラエル、日本、オランダ、アメリカなど、世界各国で症例が報告されています。これまでに200人以上の患者が生化学的検査によって診断されたとされています。
この疾患は常染色体劣性遺伝によって受け継がれるため、両親がともにOAT遺伝子の変異を持つ場合にのみ発症します。そのため、患者の家族には遺伝カウンセリングが推奨されます。
病因 | Etiology
GACRはOAT遺伝子(10番染色体の10q26領域に位置)に生じた病的な変異(バリアント)が原因で発症します。OATはオルニチン、アルギニン、プロリンの代謝を調節する重要な酵素であり、特に尿素回路(体内のアンモニアを無害化する仕組み)にも関与しています。
OATの働きは新生児期と成人期で異なります。新生児や乳児ではオルニチンの合成が重要ですが、成長とともに余分なオルニチンを分解する役割へとシフトします。OATが欠損すると、血液中のオルニチン濃度が10〜20倍に上昇し、この異常が網膜の細胞に悪影響を及ぼすと考えられています。
また、ごくまれにOAT欠損によって新生児期に高アンモニア血症(血中のアンモニア濃度の上昇)が発生することがあり、これは尿素回路に必要なオルニチンの供給が不足するためと考えられています。
症状 | Symptoms
目の症状(眼科的な特徴)
- 近視(近くは見えるが遠くがぼやける)が幼少期から現れる
- 夜盲症(暗い場所で見えにくくなる)が初期症状として発症
- 視野の狭窄(トンネル視野)が進行し、周辺視野が徐々に失われる
- 網膜の萎縮(網脈絡膜萎縮)が視野の外側から中央へ進行
- 後嚢下白内障(レンズの後ろ側が濁るタイプの白内障)が10代後半から発症
- 40〜60歳ごろに失明
神経および全身の症状
- 軽度〜中等度の知的障害(まれ)
- 末梢神経障害(手足のしびれや痛み)
- 白質異常(脳のMRI検査で見られる変化)
- クレアチン不足(脳と筋肉におけるエネルギー代謝の異常)
- II型筋線維の萎縮(軽度の筋力低下)
- 新生児期の高アンモニア血症(まれに見られ、嘔吐・昏睡・けいれんを引き起こす)
検査・診断 | Tests & Diagnosis
生化学的検査
- 高オルニチン血症:血中のオルニチン濃度が通常の10〜20倍に上昇
- 新生児期の高アンモニア血症がある場合、アルギニンやシトルリンの低下を伴うことがある
- 尿中のホモシトルリンやオロチン酸の増加(アンモニア代謝異常の指標)
眼科検査
- 眼底検査(網膜の状態を確認)で網膜萎縮を確認
- 網膜電図(ERG)で視細胞の機能低下を検出
- 視野検査で視野の狭窄を確認
遺伝子検査
- OAT遺伝子の病的変異を特定
- 家族の保因者検査も推奨
治療法と管理 | Treatment & Management
食事療法
- アルギニン制限食:アルギニンを減らすことでオルニチンの産生を抑え、網膜変性の進行を遅らせる可能性がある
- 低たんぱく食(一般的なタンパク質制限が推奨される場合もある)
- ただし、食事制限は厳格に管理する必要があり、長期的な効果には個人差がある
薬物療法
- ビタミンB6(ピリドキシン)補充:一部の患者はOATの機能がわずかに改善
- しかし、大半の患者では効果が見られない
眼科的および支持療法
- 白内障手術(進行した場合)
- 拡大鏡やロービジョンリハビリの利用
- 遺伝カウンセリング(遺伝形式や家族計画の相談)
予後 | Prognosis
GACRは現在根本的な治療法がないため、視力の低下は不可避です。しかし、早期診断と食事療法の厳格な管理によって進行を遅らせる可能性があります。将来的には遺伝子治療や新しい薬物療法の研究が期待されています。
引用文献|References
- Boffa, I., Polishchuk, E., De Stefano, L., Dell’Aquila, F., Nusco, E., Marrocco, E., Audano, M., Pedretti, S., Caterino, M., Bellezza, I., Ruoppolo, M., Mitro, N., Cellini, B., Auricchio, A., & Brunetti‐Pierri, N. (2023). Liver‐directed gene therapy for ornithine aminotransferase deficiency. EMBO Molecular Medicine, 15(4), e17033. https://doi.org/10.15252/emmm.202217033
- Baumgartner, M.R., Valle, D., Dionisi-Vici, C. (2022). Disorders of Ornithine and Proline Metabolism. In: Saudubray, JM., Baumgartner, M.R., García-Cazorla, Á., Walter, J. (eds) Inborn Metabolic Diseases. Springer, Berlin, Heidelberg. https://doi.org/10.1007/978-3-662-63123-2_21
- Kaczmarczyk, A., Baker, M., Diddle, J., Yuzyuk, T., Valle, D., & Lindstrom, K. (2022). A neonate with ornithine aminotransferase deficiency; insights on the hyperammonemia-associated biochemical phenotype of gyrate atrophy. Molecular Genetics and Metabolism Reports, 31, 100857. https://doi.org/10.1016/j.ymgmr.2022.100857