リー脳症(フランス-カナダ型)

LRPPRC|Leigh Syndrome, French-Canadian Type

リー症候群のフレンチ・カナディアン型(LSFC)は、ミトコンドリアのエネルギー産生異常に起因する希少な神経変性疾患です。本記事では、LSFCの原因遺伝子LRPPRCの役割、主な症状、診断方法、管理の現状について詳しく解説します。特に、遺伝子変異がどのように病態を引き起こすのか、また治療研究の最新情報に焦点を当てています。

遺伝子・疾患名

LRPPRC|Leigh Syndrome, French-Canadian Type

概要 | Overview

リー症候群(Leigh syndrome, LS)は、主に小児期に発症する重篤な神経変性疾患であり、ミトコンドリアのエネルギー産生機能の異常によって引き起こされる。フレンチ・カナディアン型リー症候群(Leigh syndrome, French-Canadian type, LSFC)は、LSの特異な亜型であり、カナダのケベック州サグネ・ラック・サン・ジャン(Saguenay–Lac-Saint-Jean, SLSJ)地域に多発する。LSFCはLRPPRC(leucine-rich pentatricopeptide repeat-containing)遺伝子の変異によって生じ、ミトコンドリアの酸化的リン酸化(OXPHOS)システムのうち、第IV複合体(シトクロムcオキシダーゼ, COX)の組織特異的な機能低下を特徴とする。

LSFCの患者では、急性乳酸アシドーシスや神経症状を伴う代謝クリーゼが頻発し、約80%が5歳までに死亡する。主に脳と肝臓が影響を受けるが、筋肉や皮膚線維芽細胞ではCOX活性が約50%低下するものの、心臓や腎臓はほぼ正常に保たれる。この組織特異性の要因として、LRPPRC変異の影響が臓器ごとに異なることが示唆されているが、その詳細なメカニズムは未解明である。

本疾患の病態解明のため、患者由来のヒト人工多能性幹細胞(hiPSC) を用いた研究が進められており、組織特異的な影響を解析する試みが行われている。LSFCの原因遺伝子として2003年にLRPPRCが同定されて以来、多くの研究がその機能を明らかにしつつあるものの、現在のところ有効な治療法は確立されていない。

疫学 | Epidemiology

LSFCは極めてまれな遺伝性疾患であり、特にカナダのSLSJ地域において高頻度に発生する。この地域における発症率は約1/2,000出生であり、保因者頻度は1/23と推定される(Merante et al., 1993)。

LSFCは、常染色体劣性の遺伝形式をとり、ほとんどの患者はLRPPRC遺伝子のp.Ala354Val変異をホモ接合型で保有している。この変異は創始者効果によるものであり、ケベック州以外でも、ヨーロッパや中国の家系においても独立したLRPPRC変異が報告されている(Olahova et al., 2015; Han et al., 2017)。

病因 | Etiology

LRPPRC遺伝子(2番染色体, 2p21領域に位置)は、ミトコンドリアmRNAの安定性維持に関与し、OXPHOS複合体の機能に影響を与える。LSFCの患者では、LRPPRCタンパク質の発現が低下し、ミトコンドリアmRNAの翻訳が障害されるため、COX活性が組織特異的に低下する。

特に、LRPPRC変異によってCOX1, COX3, ND4, ND6の発現が低下し、結果として相対的な低酸素状態(hypoxia)を誘発する。この状態はNDUFA4L2遺伝子の発現を上昇させ、酸化的リン酸化を抑制することでミトコンドリアの酸素消費を制限する可能性が示唆されている。

また、LRPPRCは核外mRNAの成熟やミトコンドリアRNAの制御にも関与し、他の疾患(心疾患、早発性卵巣不全、発達障害、自閉症など)にも関連していることが示唆されている(Cui et al., 2019)。

LRPPRC遺伝子であれば当院のN-advance FM+プランN-advance GM+プランで検査が可能となっております。

症状 | Symptoms

LSFCは生後数か月以内に発症し、以下のような特徴を示す:

  • 急性乳酸アシドーシス発作(代謝クリーゼ)
  • 神経発達遅滞(運動・知的発達の遅れ)
  • 筋緊張低下(低緊張)と運動失調
  • 眼球運動異常(眼振、外眼筋麻痺)
  • 末梢神経障害(四肢麻痺、感覚障害)
  • 肝機能異常(肝肥大、肝不全)

急性代謝クリーゼは高頻度で発生し、特に感染症や摂食不良に続発することが多い。

検査・診断 | Tests & Diagnosis

診断基準として以下が用いられる:

  1. 生化学検査:高乳酸血症、代謝性アシドーシス
  2. 画像診断(MRI):視床、大脳基底核、脳幹における左右対称性病変
  3. 組織学的検査:筋生検によるCOX活性低下の確認
  4. 遺伝子検査:LRPPRC遺伝子の変異解析(特にp.Ala354Val)

近年は全エクソーム解析(WES)が第一選択となっており、非典型例の診断にも寄与している。

治療法と管理 | Treatment & Management

現在のところLSFCに対する根本的な治療法は確立されていないが、以下の管理が推奨される:

  • 乳酸アシドーシスの管理:炭酸水素ナトリウムやジクロロ酢酸の投与
  • 食事療法:エネルギー需要を抑えるため少量頻回食
  • 感染予防:代謝クリーゼの誘因となるため、積極的なワクチン接種
  • ミトコンドリア機能改善療法(試験的治療)
    • チアミン、リポ酸、CoQ10などの補充療法
    • 幹細胞治療(MSC療法)の可能性

hiPSC技術を用いた疾患モデル構築が進められており、将来的な遺伝子治療や細胞治療の開発が期待されている。

予後 | Prognosis

LSFCの予後は厳しく、患者の約80%が5歳までに死亡すると報告されている。主要な死因は急性乳酸アシドーシス発作および神経変性である。

近年、幹細胞治療やミトコンドリア標的治療の研究が進められており、長期的な生存率改善への期待が高まっているが、現時点では確立された治療法は存在しない。

引用文献|References

キーワード|Keywords

リー症候群, フレンチ・カナディアン型, LSFC, LRPPRC, ミトコンドリア病, 乳酸アシドーシス, OXPHOS異常, シトクロムcオキシダーゼ, 代謝クリーゼ, 遺伝子診断, 幹細胞治療, ミトコンドリア機能改善