葉状魚鱗癬 Ⅰ型

TGM1|Lamellar Ichthyosis, Type 1

層板状魚鱗癬(Lamellar Ichthyosis, LI)は、TGM1遺伝子の変異により発症する希少な常染色体劣性遺伝疾患です。全身の角化異常や厚い鱗屑(スケーリング)を特徴とし、新生児期には「コロジオン児」として生まれることがあります。本記事では、LIの原因、症状、診断、治療法について詳しく解説します。

遺伝子・疾患名

TGM1|Lamellar Ichthyosis, Type 1

Ichthyosis, Congenital, Autosomal Recessive 1; Collodion Fetus; Desquamation of Newborn; Lamellar Exfoliation of Newborn

概要 | Overview

層板状魚鱗癬(Lamellar Ichthyosis, LI)は、まれな常染色体劣性遺伝疾患(両親からそれぞれ1つずつ変異した遺伝子を受け継ぐことで発症する遺伝病)の一種であり、常染色体劣性先天性魚鱗癬(ARCI: Autosomal Recessive Congenital Ichthyosis)という疾患群に分類される。LIの主な原因はTGM1遺伝子(トランスグルタミナーゼ1遺伝子)の変異で、この遺伝子は皮膚の角化細胞膜(cornified cell envelope, CE)の形成に不可欠な酵素トランスグルタミナーゼ1(TG1)をコードしている。TG1が欠損すると皮膚のバリア機能が損なわれ、異常な角化(角質形成の異常)、角化亢進(皮膚の肥厚)、全身の鱗屑(スケーリング)が引き起こされる。

LIの患者はしばしばコロジオン児(collodion baby)として出生する。これは、生まれたばかりの新生児が光沢のある膜状の皮膚に覆われている状態を指す。この膜は生後数週間以内に剥がれ落ち、全身に厚い、板状の鱗屑(特に暗褐色)が現れる。その他の特徴として、眼瞼外反(ectropion: まぶたが外向きに反転する状態)、口唇外反(eclabium: 唇が外向きにめくれる状態)、瘢痕性脱毛(scarring alopecia)、手掌・足底角化症(palmoplantar keratoderma)が見られる。

現在、LIを根本的に治療する方法はなく、症状の管理が主な治療目標となる。特に、皮膚の保湿や角質を柔らかくする治療が重要視されている。最近では酵素補充療法(ERT: Enzyme Replacement Therapy)、遺伝子治療(Gene Therapy)、細胞治療(Cell Therapy)などの新たな治療法が研究されているが、臨床応用には至っていない。

疫学 | Epidemiology

層板状魚鱗癬はまれな疾患であり、ドイツでは約20万人に1人(1:200,000)の割合で報告されており、世界全体では100万人に1人未満の発生率と推定されている。

本疾患の原因となる遺伝子変異の中でも、TGM1遺伝子の変異が最も一般的であり、ARCI患者の32~68%を占めるとされている。LIはどの民族にも発生し得るが、創始者変異(founder mutation: 特定の集団に由来する遺伝子変異)や地域特異的な遺伝的要因によって、発生率が異なる場合がある。例えば、ドイツやスペインにおける疫学調査では、それぞれ10万人あたり1.6~1.7人とほぼ同じ発生率が報告されている。

病因 | Etiology

TGM1遺伝子は、トランスグルタミナーゼ1(TG1)と呼ばれる酵素をコードしており、この酵素は細胞膜に結合したカルシウム依存性の酵素である。TG1の主な役割は、皮膚の角化細胞膜(cornified cell envelope, CE)において、タンパク質間にNε-(γ-グルタミル)リシン結合を形成することである。この化学結合は、表皮バリア機能の維持や、タンパク質の架橋結合(crosslinking)、角質細胞膜の強化に重要な働きを持つ。

TGM1遺伝子の病的変異によりTG1の機能が低下すると、皮膚バリアの構造が不完全になり、経表皮水分喪失(transepidermal water loss)が増加して重度の乾燥や角化亢進が引き起こされる。その結果、全身に厚くて剥がれにくい鱗屑が形成される。

ARCIの疾患群には、TGM1のほか12種類以上の関連遺伝子が存在し、症状の多様性に寄与している。しかし、TGM1変異は特にコロジオン児の出生、眼瞼外反、脱毛との関連が強いことが知られている。

TGM1遺伝子であれば当院のN-advance FM+プランN-advance GM+プランで検査が可能となっております。

症状 | Symptoms

層板状魚鱗癬の症状は、出生時から生涯にわたり持続する。その症状の重症度は、TGM1変異の種類とTG1の残存活性によって異なる。主な臨床症状は以下のとおり。

  • コロジオン児(collodion baby): 新生児が膜状の皮膚に覆われて生まれる。
  • 角化亢進と鱗屑: 全身に厚い板状の鱗屑が形成される。特に頭皮、体幹、四肢に顕著。
  • 紅斑(erythema): 皮膚の炎症による赤みが見られる。
  • 眼瞼外反(ectropion): まぶたが外向きに反転し、乾燥や刺激を引き起こす。
  • 口唇外反(eclabium): 口唇が外側に反り返る。
  • 瘢痕性脱毛(scarring alopecia): 頭皮の角化異常により脱毛が生じる。
  • 手掌・足底角化症(palmoplantar keratoderma): 手のひらや足裏の皮膚が硬く厚くなる。
  • 発汗低下(hypohidrosis): 発汗が減少し、体温調節が困難になる。
  • 聴覚障害: 耳垢の蓄積や外耳道の角化異常による難聴。

検査・診断 | Tests & Diagnosis

臨床診断: 特徴的な皮膚症状を基に診断。組織病理検査: 皮膚生検により角化異常の評価。電子顕微鏡(EM): 脂質構造の異常を確認。遺伝子検査: 次世代シーケンシング(NGS)または特定の変異解析によりTGM1の変異を同定。

治療法と管理 | Treatment & Management

現在、LIに対する根本的治療法はないため、症状の管理が中心となる。

基本治療

  • 保湿剤・エモリエント(ワセリン、尿素含有ローション)
  • 角質剥離剤(サリチル酸、乳酸、AHA)
  • レチノイド(アシトレチン): 重症例に有効。

新規治療の展望

  • 酵素補充療法(ERT; Enzyme Replacement Therapy)
  • 遺伝子治療
  • 幹細胞移植(細胞治療)

予後 | Prognosis

層板状魚鱗癬は慢性的かつ生涯にわたる疾患であり、生活の質に大きな影響を与える。生命を脅かすものではないが、皮膚の硬化や眼瞼外反、体温調節の問題により、社会的な偏見、心理的ストレス、機能的障害を経験することがある。

適切な皮膚科的ケアや保湿対策、新たな治療法の導入により、患者は皮膚の健康状態を改善し、症状をコントロールすることが可能となる。しかし、疾患の根本的な改善を目指す治療、特に遺伝子治療や酵素補充療法の開発が依然として求められており、長期的な症状の軽減につながる治療法の確立が急務である。