ヒドロリーサルス症候群(HLS)はHYLS1遺伝子の異常によって起こる非常にまれな先天性疾患です。水頭症や多指症など、重篤な症状が特徴で、多くの場合、出生直後に亡くなるため早期の遺伝子検査が重要です。病気の原因、症状、診断方法、治療法についてわかりやすく解説します。
遺伝子・疾患名
HYLS1|Hydrolethalus Syndrome
概要 | Overview
ヒドロリーサルス症候群(Hydrolethalus Syndrome:HLS)、特にその中の「ヒドロリーサルス症候群1型(Hydrolethalus Syndrome 1)」とは、生まれつきの重い障害を伴う遺伝性の病気です。この病気は、「HYLS1(エイチ・ワイ・エル・エス・ワン)」という遺伝子に変異(遺伝子の異常)が生じることで発症します。HYLS1遺伝子は、「繊毛(せんもう)」という細胞の微細な構造を作るために必要なタンパク質を作っています。繊毛は細胞同士の情報伝達や感覚の働きを持つ、非常に重要な役割を果たしています。この病気は「常染色体劣性遺伝(じょうせんしょくたいれっせいいでん)」という遺伝の仕方で起こり、通常は出生時または出生後まもなく死亡する非常に重篤な病気です。
疫学 | Epidemiology
ヒドロリーサルス症候群は非常にまれな病気ですが、フィンランドで特に多く報告されています。フィンランドでの患者の割合は約2万人に1人です。この病気が見られる妊娠の約70%は死産となり、生きて生まれた場合でも、多くは数時間以内に亡くなってしまいます。
病因 | Etiology
ヒドロリーサルス症候群は「HYLS1遺伝子」の変異によって引き起こされます。この遺伝子は、染色体(遺伝情報を運ぶ細胞内の構造)のうち「11番染色体の長腕24.2領域(11q24.2)」という場所に存在します。HYLS1遺伝子は繊毛を正常に作り、機能させるために必要なタンパク質を作る遺の役割があります。繊毛は細胞の動きや情報のやりとりを助ける大切な構造です。HYLS1遺伝子の変異には、「ホモ接合変異(両親から同じ変異を受け継ぐ場合)」や「複合ヘテロ接合変異(両親からそれぞれ異なる変異を受け継ぐ場合)」のパターンがあります。
HYLS1遺伝子は「中心小体(ちゅうしんしょうたい)」という細胞内の構造に存在し、「繊毛形成(せんもうけいせい:繊毛を作る過程)」に重要な役割を持つタンパク質を作っています。HYLS1遺伝子の変異によって、この繊毛を作る最初の重要な段階が障害されます。具体的には、繊毛を形成する際に中心小体が細胞の表面まで正しく移動して固定される過程がうまくいかなくなり、「移行帯(いこうたい)」や「移行線維(いこうせんい)」という繊毛の入口部分が正常に働かなくなります。その結果、繊毛に必要なタンパク質が入りにくくなり、繊毛の機能が損なわれます。このように繊毛が原因で起こる病気を「繊毛病(せんもうびょう:ciliopathy)」と言います。ヒドロリーサルス症候群は、この繊毛病のひとつです。
症状 | Symptoms
ヒドロリーサルス症候群では、中枢神経系(Central Nervous System:CNS)に深刻な異常が現れます。最も代表的な症状は、水頭症(すいとうしょう:脳内に水が溜まり脳が圧迫される病気)や、脳の中央部分の構造が欠損していること、顎が異常に小さい「小顎症(しょうがくしょう)」などです。そのほかにも手や足の指が通常より多い「多指症(たししょう)」という症状がよく見られ、特に手の小指側、足の親指側に多く起こります。また「二重母趾(にじゅうぼし)」といって、足の親指が二本あるという珍しい特徴もあります。さらに口唇裂(こうしんれつ:唇が割れている状態)や口蓋裂(こうがいれつ:口の中の天井が割れている状態)、内反足(足が内側に曲がった状態)、耳・目・鼻など顔の形の異常、後頭部に鍵穴のような骨の欠損、生殖器の異常、心臓や呼吸器の先天的な欠陥も現れます。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
ヒドロリーサルス症候群の診断には、HYLS1遺伝子に変異があるかどうかを調べる遺伝子検査を行います。妊娠中の超音波検査でも、水頭症や多指症、羊水が異常に増える「羊水過多症(ようすいかたしょう)」などの症状が妊娠の初期(三ヶ月頃)から検出できます。さらに詳しい診断のためにはHYLS1遺伝子を解析する遺伝子検査が必要です。
治療法と管理 | Treatment & Management
現在、ヒドロリーサルス症候群には根本的な治療法はありません。治療の方針としては、妊娠の早い段階で病気を見つけ、十分な説明を受けてその後の対応を考えることが中心になります。特に妊娠初期の超音波検査で病気が見つかった場合、その後の妊娠の継続を断念することもあります。生まれた場合でも病気自体を治す治療は難しく、赤ちゃんの苦痛を軽減するための緩和ケア(痛みや苦しさを和らげるための対応)を行います。
予後 | Prognosis
ヒドロリーサルス症候群の予後(病気の今後の見通し)は非常に悪く、症状の重さから、ほとんどの赤ちゃんは死産または出生後すぐに亡くなります。
ヒドロリーサルス症候群は生まれつきの異常が極めて重く、予後は非常に悪い病気です。通常、新生児期を越えて生存することはありません。また、羊水過多症や早産といった重い妊娠合併症を引き起こすこともあります。
引用文献|References
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