先天性無痛症

NTRK1|Congenital Insensitivity to Pain with Anhidrosis

先天性無痛無汗症(CIPA)は、NTRK1遺伝子の変異によって発症する極めて稀な遺伝性疾患です。痛覚が消失し、発汗機能が失われることで体温調節が困難になり、自己損傷や感染症リスクが高まります。本記事では、CIPAの症状、原因、診断方法、治療管理について詳しく解説します。

遺伝子・疾患名

NTRK1|Congenital Insensitivity to Pain with Anhidrosis

概要 | Overview

先天性無痛無汗症(Congenital Insensitivity to Pain with Anhidrosis, CIPA)は、NTRK1(神経栄養因子チロシンキナーゼ受容体1)遺伝子の病的変異によって引き起こされる極めて稀な常染色体劣性遺伝疾患である。本疾患は、痛覚の消失、無汗症、知的障害、発熱発作、自己損傷行動などを特徴とし、成長や神経発達にも影響を及ぼす。

CIPAは、遺伝性感覚自律神経障害(Hereditary Sensory and Autonomic Neuropathy, HSAN)のIV型(HSAN-IV)に分類される。HSANは5つの主要な亜型に分けられるが、CIPAはその中でも特に重篤な病型の一つである。NTRK1遺伝子は神経成長因子(NGF)の高親和性受容体TrkAをコードし、この受容体が機能不全に陥ることで感覚神経および交感神経の発達が障害される。

疫学 | Epidemiology

CIPAの有病率は極めて低く、全世界での発生率は約1/125,000,000と推定されている。日本では約1/600,000~1/950,000の頻度で報告されており、東アジア、特に日本と韓国での報告が比較的多い。特定の民族集団においては、特定のホットスポット変異が認められており、日本人患者の約70%がp.Arg554Glyfs*104(c.1660del)c.851-33T>Ap.Asp674Tyrのいずれかの変異を持つとされる。一方、イスラエルのベドウィン民族では、患者の90%がp.Pro621Serfs*12(c.1860_1861insT)の変異を持つと報告されている。

病因 | Etiology

CIPAはNTRK1遺伝子の両アレルに病的変異を持つことによって発症する。NTRK1は、神経成長因子(NGF)と結合し、神経細胞の成長、分化、生存を促進する役割を担うTrkA受容体をコードする。NGF-TrkA経路が機能しないと、小径感覚神経と交感神経の発達が障害され、痛覚消失、無汗症、自律神経障害などが生じる。

これまでに130種類以上のNTRK1遺伝子変異が報告されており、主にミスセンス変異、スプライシング変異、フレームシフト変異が存在する。特に細胞外ドメインおよびチロシンキナーゼドメインに変異が多く見られ、遺伝型と表現型の明確な相関は認められていない

NTRK1遺伝子であれば当院のN-advance FM+プランN-advance GM+プランで検査が可能となっております。

症状 | Symptoms

CIPAの主要症状は以下の通りである:

  • 痛覚消失:熱傷や骨折を伴う外傷を自覚しない。
  • 無汗症:発汗機能が欠如し、体温調節が困難。
  • 発熱発作:感染症とは無関係に高熱を呈する。
  • 自己損傷行動:舌や指を噛む、目をこするなどの行動が幼少期から見られる。
  • 知的障害:軽度から中等度の知的発達遅滞を伴う。
  • 骨折および関節異常:繰り返す骨折や関節脱臼、変形性関節症が進行。
  • 自律神経障害:低血圧、皮膚・毛髪・爪の異常、振動・位置覚の欠如など。

検査・診断 | Tests & Diagnosis

CIPAの診断には、以下の方法が用いられる。

  1. 臨床診断
    • 乳幼児期からの痛覚消失と無汗症の確認。
    • 自己損傷行動や知的発達遅滞の有無。
  2. 神経生理学的検査
    • 神経伝導検査(NCS):下肢の感覚神経活動電位(SNAP)が欠如。
    • 皮膚生検:無髄神経線維の欠如。
  3. 遺伝学的検査
    • 次世代シークエンシング(NGS):NTRK1遺伝子変異の特定。
    • Sangerシークエンシング:ホットスポット変異の確認。
    • 定量PCR(qPCR)・Gap-PCR:大規模欠失変異の解析。

治療法と管理 | Treatment & Management

現在、CIPAの根治療法は存在せず、対症療法が中心となる。

  • 体温管理
    • 高温環境を避け、冷却療法を実施。
    • 発熱時には冷却シートや水分補給を行う。
  • 自己損傷防止
    • 歯の保護装置(オーラルガード)の使用。
    • 定期的な皮膚・爪のケア。
  • 骨折・関節管理
    • 理学療法や関節固定を行い、二次的な障害を予防。
    • 骨粗鬆症予防のための栄養管理。
  • 感染予防
    • 皮膚の清潔を保ち、感染症リスクを低減。
  • 知的発達支援
    • 個別教育プログラムや行動療法の導入。

予後 | Prognosis

CIPAの予後は、合併症の管理に大きく依存する。感染症、骨折、自己損傷による合併症が主要な死亡原因であり、適切な管理を行わなければ10代での死亡率が高いとされる。

  • 軽度の症例では成人期まで生存可能。
  • 早期診断と適切な管理により生活の質(QOL)が向上。
  • 致死的な合併症(敗血症、壊疽、重度の骨変形)を予防することが重要。

近年、NGF-TrkA経路を標的とした分子標的治療の研究が進められており、今後の治療法開発が期待される。

引用文献|References

キーワード|Keywords

先天性無痛無汗症, CIPA, NTRK1, 遺伝性疾患, 無汗症, 痛覚消失, 自己損傷, 遺伝子変異, HSAN IV, TrkA, 神経栄養因子, 診断と治療