複合型酸化的リン酸化欠損症3(COXPD3)は、TSFM遺伝子の変異によって引き起こされるミトコンドリア疾患です。幼少期に発症し、肥大型心筋症や筋緊張低下、乳酸アシドーシスなどの症状を伴います。本記事では、COXPD3の原因、症状、診断方法、治療管理について詳しく解説します。
遺伝子・疾患名
TSFM|Combined Oxidative Phosphorylation Deficiency 3
COXPD3; Fatal Mitochondrial Disease Due to Combined Oxidative Phosphorylation Defect Type 3; Concentric Cardiomyopathy, Hypotonia, and Lactic Acidosis
概要 | Overview
複合型酸化的リン酸化欠損症3(COXPD3)は、TSFM遺伝子の変異によって引き起こされるミトコンドリア疾患です。この遺伝子は、ミトコンドリア内のタンパク質合成に必要な伸長因子Ts(EF-Ts、Elongation Factor Ts)をコードしており、変異が生じるとミトコンドリアの生合成や呼吸機能が損なわれます。その結果、幼少期に発症する肥大型心筋症(ひだいがたしんきんしょう)や脳筋症(のうきんしょう)など、多様な症状が現れます。COXPD3は、酸化的リン酸化(OXPHOS、Oxidative Phosphorylation)システムの異常による疾患群の一つであり、ATP(アデノシン三リン酸)を産生するミトコンドリアの機能に深刻な影響を及ぼします。
疫学 | Epidemiology
ミトコンドリア疾患は、出生5,000人に1人の割合で発症すると推定されています。TSFM遺伝子の変異による疾患は非常にまれであり、2021年の研究時点で報告された症例はわずか17例で、11本の論文に記載されています。これらの疾患は主に幼少期に発症し、その重症度には大きな個人差があります。75%以上の患者が発症時に乳酸アシドーシス(血中乳酸値の異常上昇)を示します。
病因 | Etiology
TSFM遺伝子は、ミトコンドリアでのタンパク質合成を助ける伸長因子EF-Tsを作り出します。この遺伝子に変異があると、ミトコンドリア内でのタンパク質合成が障害され、酸化的リン酸化(OXPHOS)システムに異常を引き起こします。特に複合体I(Complex I、CI)の機能低下が問題となり、ATPの生産が低下します。
酸化的リン酸化は、ATPを生成するために電子を伝達しながらリン酸を結びつける過程です。このプロセスには、ミトコンドリア内膜に存在する5つの酵素複合体(CI〜CV)が関与しています。特に、CIの異常はOXPHOS障害の約30%を占め、リー症候群(Leigh syndrome)や肥大型心筋症を引き起こすことがあります。
ミトコンドリアは、エネルギー産生のほかにもカルシウムや鉄の調節、アポトーシス(細胞死の制御)など、多くの生命活動に関わっています。そのため、ミトコンドリア機能の低下は、特にエネルギー消費量の多い心臓、脳、筋肉に深刻な影響を与えます。

症状 | Symptoms
COXPD3の症状は患者によって異なりますが、主なものとして以下が挙げられます。
- 肥大型心筋症(65%の患者)
- 筋緊張低下(41%)
- 視神経萎縮(29%)
- 乳酸アシドーシス(75%以上)
- 過運動性運動障害(最近TSFM変異との関連が報告)
また、一部の患者ではミトコンドリア性脳症、リー症候群、孤立性若年性心筋症などの症状がみられます。TSFMの複合ヘテロ接合変異(compound heterozygous mutation)は、症状が比較的軽くなる傾向がありますが、ホモ接合性(homozygous)の場合は重症化しやすいことが知られています。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
COXPD3の診断には、以下の方法が用いられます。
- 遺伝子検査 – 全エクソームシーケンス(WES、Whole Exome Sequencing)によるTSFM変異の特定。
- 生化学検査 – 血中乳酸値の上昇やミトコンドリア呼吸機能の異常を確認。
- 組織検査 – 筋生検で「ぼろ線維(ragged-red fibers)」や異常なミトコンドリアを検出。
- 心臓検査 – 心エコー検査やMRIによる肥大型・拡張型心筋症の評価。
- 神経画像検査 – 脳MRIでリー症候群に特徴的な病変を確認。
治療法と管理 | Treatment & Management
COXPD3には根本的な治療法は確立されていませんが、症状の管理が重要です。
- 二塩化酢酸(DCA、Dichloroacetate):乳酸値を下げ、肥大型心筋症の進行を遅らせる可能性あり。
- L-カルニチン・コエンザイムQ補充:ミトコンドリア機能のサポート。
- 心臓管理:ベータ遮断薬やACE阻害薬を使用し、心不全のリスクを軽減。
- 代謝管理:エネルギー消費を最適化するための栄養管理。
- リハビリテーション:筋緊張低下や運動機能障害の改善を目指す。
ミトコンドリア性心筋症は進行性の疾患であり、早期診断と積極的な治療が予後を改善する鍵となります。特に幼児期の生存が予後に大きく関与し、乳児期を乗り越えた患者では心筋症が安定する可能性が指摘されています。
予後 | Prognosis
COXPD3の経過は患者によって異なります。重症な新生児発症例では、早期に死亡するリスクが高いとされています。しかし、幼児期を生存した患者では心筋症が安定することもあります。この理由は完全には解明されていませんが、ミトコンドリアの増殖(hyperplasia)やEF-Tsの残存機能が影響している可能性があります。
遺伝子検査の普及や長期的な患者の追跡調査によって、TSFM関連疾患の理解が深まり、新たな治療法の開発につながることが期待されます。特に、WESによる早期診断と心筋症の経過観察は、心臓移植を含む将来的な治療計画を立てる上で重要です。
参考文献
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