コレア・アカントサイトーシス(ChAc、VPS13A病)は、稀な遺伝性疾患で、不随意運動(コレア)や認知機能の低下、特徴的な赤血球の変形を伴います。原因遺伝子VPS13Aの変異により細胞内脂質の輸送が障害され、神経細胞に深刻な影響が現れます。最新の遺伝子診断や症状管理法、将来的な治療法の可能性を分かりやすく解説します。
遺伝子・疾患名
VPS13A|Chorea-acanthocytosis
VPS13A disease
概要 | Overview
コレア・アカントサイトーシス(Chorea-acanthocytosis:ChAc)は、最近ではVPS13A病(VPS13A disease)とも呼ばれ、非常にまれな遺伝性の神経変性疾患です。主に現れる症状としては、不随意運動(自分の意思とは関係なく身体が動いてしまう「舞踏運動(コレア)」)、認知機能の低下、精神症状、そして赤血球の特殊な変形(アカントサイトーシス)が挙げられます。この病気は、9番染色体のq21という部位にあるVPS13A遺伝子に異常(変異)が起きることが原因で起こります。この遺伝子の異常によって、VPS13Aタンパク質(別名「コレイン」)が作られなくなったり、極端に少なくなったりします。VPS13Aタンパク質は、細胞の中にある小さな器官(細胞小器官)間で脂質(脂肪成分)を運ぶ重要な役割を担っています。そのため、このタンパク質が不足すると、脂質のバランスが崩れて細胞膜が正常に機能しなくなり、最終的には脳や神経に深刻な障害が起こります。
疫学 | Epidemiology
ChAcは極めて稀な病気で、世界中で報告されている患者数は1,000人未満です。主に若い成人(10代後半から20代前半頃)で発症し、徐々に進行します。病気の経過中にてんかん発作を起こす患者は約42〜45%と報告されています。以前は、診断には赤血球の特徴的な形(アカントサイト:トゲ状の突起がある赤血球)が必須とされていましたが、最近ではアカントサイトが確認されないこともあり、そのため診断が難しくなる場合があります。
病因 | Etiology
ChAcは、VPS13A遺伝子に機能を失わせる変異(loss-of-function mutation)が起きることが原因で発症します。この変異は両親から遺伝する「常染色体劣性遺伝」という形で伝わります。VPS13A遺伝子は、細胞内の膜と膜の間で脂質を橋渡しする「架け橋」のような役割を持つタンパク質を作ります。このタンパク質が欠けたり不足したりすると、神経細胞や赤血球の膜が弱くなり、脳の神経伝達(神経細胞間で情報をやり取りすること)がうまく行われなくなります。例えば、「c.8282C>G(p.S2761X)」のような変異では、VPS13Aタンパク質が途中で切れて正常な形になりません。また、この異常が原因で、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)やフラクタルカイン(CX3CL1)といった、脳の神経を支える大切な物質の働きが乱れ、神経障害をさらに進行させてしまいます。
症状 | Symptoms
ChAcの主な症状は、身体が勝手に動いてしまう舞踏運動(コレア)、筋肉が勝手に収縮してしまうジストニア、唇や舌を自分で意図せず噛んでしまう行動、てんかん発作、パーキンソン病に似た症状(筋肉がこわばる、震えるなど)、認知機能の低下(記憶力や集中力の低下)、精神的な問題(感情の起伏が激しい、うつ病、不安感など)、手足の感覚障害(末梢神経障害)などがあります。また、特徴的な赤血球(アカントサイト)は重要な診断材料ですが、見つからないこともあるため注意が必要です。中には、運動症状が出る前に、てんかん発作が最初に起こる場合もあります。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
以前は、主に症状と血液中のアカントサイトの有無から診断されていました。しかし現在では、遺伝子検査が診断の中心になっています。特に全エクソーム解析(Whole-exome sequencing:WES)やVPS13A遺伝子のターゲットシークエンス(特定の遺伝子だけを調べる検査)によって、異常な変異を確認できれば確実に診断できます。また、脳のMRI検査で、大脳基底核(運動を調節する脳の重要な部分)の萎縮が見られることがあります。さらに、電子顕微鏡や脂質分析(リピドミクス)で赤血球や神経組織を詳しく調べると、脂質が異常に蓄積していることが確認できる場合があります。
治療法と管理 | Treatment & Management
現在のところ、ChAcの原因そのものを治療する方法はなく、主に症状を和らげるための治療が中心になります。例えば、てんかんにはカルバマゼピン(carbamazepine)のような抗てんかん薬、舞踏運動にはハロペリドール(haloperidol)などのドパミン拮抗薬、精神症状には精神安定剤などが使われます。また、理学療法や作業療法、言語療法、カウンセリングといった支援が日常生活の質を保つために非常に重要です。VPS13Aの詳しい機能が分かってきたことから、将来的には脂質輸送を改善したり、BDNFの働きを調整したり、神経と免疫系細胞(ミクログリア)とのコミュニケーション(CX3CL1経路)を改善するなどの、新しい治療法が期待されています。
予後 | Prognosis
ChAcは時間とともに徐々に進行し、発症から10〜20年のうちに大きな障害が生じることが一般的です。ただし、進行の速度や症状の重さには個人差があり、同じ遺伝子の変異を持つ兄弟間でも差が見られます。アカントサイトが多く見られる場合ほど症状が重い傾向がありますが、明確に決まっているわけではありません。今後は、脂質の代謝や神経伝達に関する研究が進むことで、症状を改善し、病気の進行を遅らせる治療法の開発が期待されています。
引用文献|References
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