概要
多腺性自己免疫症候群(Autoimmune polyglandular syndrome: APS)とは、自己免疫性の病態により複数の内分泌器官が障害される一群の疾患の総称です。本症候群は、I型、II型、III型の3つの型に臨床分類されています。ASP I型は,小児期に発症し、粘膜皮膚カンジダ症、副甲状腺機能低下症、副腎不全(アジソン病)を3徴と称します。別称としてAutoimmune polyendocrinopathy-candidiasis-ectodermal syndrome(APECED)とも呼ばれています。
疫学
世界的に稀な疾患であり、年間発生頻度は<1/100,000出生です。イラン系ユダヤ人(1/9,000)、フィンランド人(1/25,000)、サルデーニャ島イタリア人(1/14,400)、などの民族集団で比較的高頻度であるが、世界中で約500例の報告にとどまる。頻度の高い遺伝子変異として、R257X(フィンランド人)Y85C(イラン系ユダヤ人)R139X(サルデーニャ島イタリア人)などが報告されています。
原因
病因 自己免疫調節遺伝子 AIRE 遺伝子の変異によって引き起こされる多臓器自己免疫疾患です。一般的には常染色体劣性の遺伝型式をとるが、優性遺伝形式の家系も報告されています。原因遺伝子 AIRE遺伝子は、21番染色体長腕(21q22.3)に位置し、14エキソンから構成される、全長が約13kbの遺伝子です。AIREタンパク質の機能 545アミノ酸から構成されるAIREタンパク質は、転写因子と考えられており、胸腺の髄質上皮細胞(mTEC)や末梢血中の単球や分化した樹状細胞に発現し、免疫寛容の成立に深く関与していると推定されています。mTEC 内のAIRE機能低下は胸腺における多くの組織特異的抗原の発現を低下させ、その結果、自己のタンパク質に対して反応しないようにする教育(負の選択)が不十分となり、正しく教育されていないTリンパ球が末梢に出現することになります。その結果、様々な臓器に対する自己免疫反応が惹起されると推定されています。
症状
発症時期と症状 本疾患の発症は、通常小児期から10歳台です。最初の症状は、通常、慢性カンジダ感染症で、その後に、自己免疫性副甲状腺機能低下症と副腎不全(アジソン病)が引き続いて発症することが多いとされています。本疾患は、単一遺伝子病であるものの、臨床徴候は非常にバリエーションが広いが、その複雑さを規定している因子はまだ十分には解明されていません。 内分泌異常 内分泌異常としての副腎不全は、鉱質コルチコイドと糖質コルチコイドが同時あるいは順次分泌不全に陥ります。他の内分泌異常としては、副甲状腺機能低下症、性腺機能低下症、甲状腺機能低下症があります。頻度は低いが、1型糖尿病も報告されています。最も頻度の高い内分泌疾患は、副甲状腺機能低下症です。大多数のイラン系ユダヤ人患者あるいは約20%のフィンランド人患者では、副甲状腺機能低下症が唯一の内分泌系疾患という報告もあります。副甲状腺機能低下症に続いて副腎不全が15歳までに発症することが多いが、さらに遅い発症も報告されています。内分泌臓器以外の障害 胃の壁細胞機能低下による悪性貧血、自己免疫性肝炎、吸収不良症候群、無脾症、アカラシア、胆石症、外胚葉系組織の異常(脱毛、皮膚の白斑、歯エナメル質形成不全、爪の萎縮、鼓膜の硬化、角膜異常)などが知られています。慢性粘膜皮膚カンジダ症は、生後まもなくから、舌や食道の鷲口瘡、爪のカンジダ症として発症します。
診断
1. 臨床診断 粘膜皮膚カンジダ症、副甲状腺機能低下症、副腎不全(アジソン病)の3徴のうち少なくとも2つを満たす事が診断には必要です。
2. 遺伝子診断 本疾患の原因遺伝子が同定されたことより、遺伝子診断が今後重要な確定診断のための検査となると考えられます。前述のように特定の民族集団においては特定の遺伝子変異が報告されており、その場合の遺伝子解析は、簡便に確定診断を行うために有用です。
3. 抗体検査 患者血清には、罹患臓器の構成成分に対する自己抗体の高値が認められます。主に細胞内酵素に対する多くの自己抗体が同定されています。最初の副腎自己抗原は、ステロイド合成酵素のP450スーパーファミリーにおいて同定されました。すなわち、Steroid 17-apha hydroxylase (P450c17), steroid 21 hudroxylase (P450c21), 側鎖分解酵素(P450scc)に対する自己抗体です。また、グルタミン酸脱水素酵素(GAD65)は1型糖尿病に特異的であり、甲状腺ペルオキシダーゼやサイログロブリンに対する自己抗体は、甲状腺炎に関連します。胃腸機能障害(吸収不全)は、胃前庭部のセロトニン産生クロム親和性細胞におけるトリプトファン水酸化酵素に対する自己免疫反応が寄与しています。また、最も頻度の高い自己免疫性内分泌疾患である副甲状腺機能低下症の責任自己抗原はNACHT ロイシンリッチリピート蛋白 5(NALP5)であり、患者血清には高い割合で抗NALP5抗体が証明されます。さらに最近の報告では、血清中の1型インターフェロン(interferon-alpha2, interferon omega)に対する抗体値の上昇が、本疾患に対して特異度・感度ともに高く、診断的価値があることが報告されています。ただし日本では多くの種類の抗体の測定が健康保険適用外検査、あるいは研究検査であり,臨床的な利用は限定的です。
治療
対症療法となります。内分泌疾患に関しては、甲状腺機能亢進症を除き、各種ホルモンの補充療法で対応します。カンジダ症に対しては、抗真菌剤治療が適応となります。
【参考文献】
難病情報センター – 自己免疫性多内分泌腺症候群 1型