ビタミンE欠乏症に伴う運動失調症

TTPA|Ataxia with Vitamin E Deficiency

ビタミンE欠乏性失調症(Ataxia with Vitamin E Deficiency, AVED)は、TTPA遺伝子の変異によって引き起こされる稀な神経変性疾患です。この疾患では、体内のビタミンE輸送が障害され、運動失調や末梢神経障害が進行します。フリードライヒ失調症と類似した症状を示しますが、早期診断とビタミンE補充療法により進行を抑制し、神経症状の改善が可能です。

遺伝子・疾患名

TTPA|Ataxia with Vitamin E Deficiency

AVED; Ataxia with Isolated Vitamin E Deficiency; Familial Isolated Vitamin E Deficiency; Friedreich-Like Ataxia

概要 | Overview

ビタミンE欠乏性失調症(Ataxia with Vitamin E Deficiency, AVED)は、TTPA 遺伝子の変異によって引き起こされるまれな常染色体劣性の神経変性疾患である。この遺伝子はα-トコフェロール転送タンパク質(alpha-tocopherol transfer protein, α-TTP)をコードしており、細胞内でのビタミンEの輸送と調節に重要な役割を果たす。特に、肝細胞から血液中のリポタンパク質へのビタミンEの供給を担い、全身に適切に分配されるように調整する。

ビタミンEは強力な抗酸化作用を持ち、神経細胞を酸化ストレスから保護する働きがある。このため、ビタミンEが欠乏すると神経変性が進行し、小脳脊髄性失調(spinocerebellar ataxia)、固有感覚の喪失、腱反射の消失、末梢神経障害が生じることが多い。また、一部の患者では網膜色素変性症(retinitis pigmentosa)や心筋症(cardiomyopathy)を合併することもある。

AVEDの臨床症状はフリードライヒ失調症(Friedreich ataxia)と類似しており、早期の診断が重要である。症状は通常、5歳から15歳の間に現れ、放置すると進行性に悪化する。しかし、生涯にわたる高用量のビタミンE補充療法によって病状の進行を抑え、場合によっては神経症状を部分的に改善することが可能である。

疫学 | Epidemiology

AVEDは非常にまれな疾患であり、ヨーロッパでは100万人あたり1〜9人の有病率が推定されている。世界的な有病率は不明だが、北アフリカや地中海沿岸地域での発症率が比較的高いことが報告されている。この疾患は常染色体劣性遺伝形式をとるため、血縁婚の割合が高い地域では発症リスクが増加する。

病因 | Etiology

AVEDは、TTPA 遺伝子のホモ接合性または複合ヘテロ接合性変異によって引き起こされる。この遺伝子は、染色体8q12上に位置し、ビタミンEの輸送に必要なα-TTPをコードしている。α-TTPが欠損または機能不全を起こすと、血漿中のビタミンE濃度が著しく低下し、酸化ストレスの増加と神経変性が進行する。

AVEDの主な原因はTTPA 遺伝子変異であるが、同様にビタミンE欠乏を引き起こす疾患として、アベタリポタンパク血症(Bassen-Kornzweig病)などの脂溶性ビタミン吸収障害を伴う疾患があるため、鑑別が重要である。

TTPA遺伝子であれば当院のN-advance FM+プランN-advance GM+プランで検査が可能となっております。

症状 | Symptoms

AVEDの症状は個人差があるものの、主に以下のような神経症状がみられる。

運動失調(ataxia)は進行性で、歩行や細かい運動の調整が困難になる。腱反射の消失(areflexia)が特徴的であり、通常の神経学的検査で確認される。末梢神経障害(peripheral neuropathy)により、手足のしびれや感覚異常が生じる。また、固有感覚障害(proprioceptive deficits)により、自分の手足の位置を把握する能力が低下し、歩行時にふらつくようになる。

言語障害(dysarthria)として発音が不明瞭になることがあり、頭部の小刻みな振動(head titubation)を伴うこともある。ロムベルグ徴候(Romberg sign)が陽性となり、目を閉じると立位の維持が困難になる。視力障害(retinitis pigmentosa)として視野狭窄や夜盲を伴う場合があるほか、一部の患者では心筋症(cardiomyopathy)が報告されている。さらに、重症例では筋緊張異常(dystonia)やミオクローヌス(myoclonus)といった不随意運動がみられることもある。

症状は通常、小児期から思春期にかけて出現し、進行すると脊柱側弯症(scoliosis)やハイアーチ足(pes cavus)などの骨格異常を伴うことがある。

検査・診断 | Tests & Diagnosis

AVEDの診断は、臨床症状、血液検査、遺伝子検査に基づいて行われる。

血液検査では、血清ビタミンE濃度が著しく低下していることが確認される。ただし、脂質異常症を伴わない点がアベタリポタンパク血症との鑑別に役立つ。

遺伝子検査では、TTPA 遺伝子の病的変異が確認されることで確定診断となる。

神経学的検査では、腱反射の消失、固有感覚障害、バビンスキー徴候(Babinski sign)の陽性などが認められることが多い。

電気生理学的検査として、体性感覚誘発電位(SSEPs)の異常や、神経伝導検査での感覚運動性多発ニューロパチー(sensorimotor polyneuropathy)が確認される。

脳MRI検査では、小脳萎縮がみられないことが特徴であり、他の遺伝性失調症との鑑別に役立つ。

治療法と管理 | Treatment & Management

AVEDは遺伝性の失調症の中では治療可能な疾患であり、ビタミンE補充療法が治療の中心となる。

ビタミンEを経口で1日300〜2400 mg投与することで、血漿中のビタミンE濃度を正常範囲の高値に維持することが目標となる。発症前に補充を開始した場合、症状の発現を完全に防ぐことができる。発症後の患者でも、補充療法によって病状の進行を抑え、一部の神経症状を回復させることが可能であるが、完全な回復は困難なことが多い。

リハビリテーションとして、理学療法による運動機能の維持、言語療法による発話機能のサポートが推奨される。また、視力障害がある場合は定期的な眼科検診が必要であり、心筋症の合併例では心機能の評価も重要となる。

予後 | Prognosis

AVEDの予後は、ビタミンE補充療法を開始するタイミングに大きく左右される。発症前の早期介入により、症状を完全に防ぐことが可能である。発症後に治療を開始した場合でも、進行を抑え、神経症状を部分的に改善できるが、長期間未治療であった場合には固有感覚障害や歩行不安定が不可逆的に残ることがある。

AVEDはフリードライヒ失調症と類似するため、原因不明の失調症例では早期に血清ビタミンE検査を実施し、治療可能な疾患として早期診断を心がけることが重要である。