アンダーマン症候群(HMSN/ACC)は、SLC12A6遺伝子の変異が原因で起こる希少な遺伝性疾患です。神経の働きが徐々に低下し、筋力や感覚機能が損なわれるほか、脳の発達にも影響を与えます。この疾患の特徴、検査方法、治療やサポートについて詳しく解説します。
遺伝子・疾患名
SLC12A6|Andermann Syndrome
HMSN/ACC; SLC12A6-related Hereditary motor and sensory neuropathy with agenesis of the corpus callosum
概要 | Overview
アンダーマン症候群(Andermann syndrome)は、「SLC12A6遺伝子に関連した遺伝性運動感覚ニューロパチーと脳梁欠損症」(hereditary motor and sensory neuropathy with agenesis of the corpus callosum:略称HMSN/ACC)とも呼ばれる希少な遺伝性疾患です。この疾患の主な特徴は、進行性で重度な神経障害(ニューロパチー)であり、運動機能(筋力や動き)や感覚機能の低下、発達の遅れ、知的障害、さらに脳梁(のうりょう:左右の脳半球をつなぐ神経線維の束)が完全または部分的に欠けている状態(脳梁欠損)を伴います。この病気の原因は、「SLC12A6」という遺伝子に異常(変異)が生じることで、この遺伝子は神経細胞の機能や細胞の水分量の調節に重要な「カリウム-塩化物共輸送体3型」(potassium-chloride cotransporter 3:略称KCC3)というタンパク質を作っています。KCC3が働かないことで神経細胞が正常に機能できなくなります。
疫学 | Epidemiology
アンダーマン症候群は最初にカナダのケベック州、特にシャルルボア地方とサグネ・ラック=サン=ジャン地方のフランス系カナダ人の間で発見されました。この地域で患者が多いのは、特定の集団が祖先から同じ遺伝子を受け継いでいるため(創始者効果:founder effect)と考えられています。当初はこの地域に限定された疾患と思われていましたが、その後、ノルウェーを含む他の国々からも患者が報告され、現在では世界的に分布していることがわかっています。
病因 | Etiology
アンダーマン症候群は通常、「常染色体劣性遺伝」(autosomal recessive inheritance)という遺伝形式をとります。これは、両親からそれぞれ受け継ぐ2つのSLC12A6遺伝子に異常(病的変異)がある場合にのみ発症する遺伝の仕組みです。ほとんどの患者ではKCC3タンパク質の機能が完全に失われるほどの深刻な遺伝子変異が起こっています。片方だけが異常な遺伝子を持つ人(保因者)には症状が現れませんが、最近では例外的に、1つの遺伝子に変異があれば発症する軽症タイプの患者も報告されており、この病気の特徴が従来より広い範囲にわたっていることが分かっています。
症状 | Symptoms
アンダーマン症候群の典型的な症状は乳児期から幼児期に始まり、手足の末端にある神経(末梢神経)の障害によって筋力低下、感覚の鈍さ、運動能力の低下が徐々に進行します。多くの患者が発達の遅れや知的障害、脳梁の欠損を伴います。また、歩き方の異常、腱反射の低下(脚や腕の反射が弱まること)、足の変形(高い土踏まずや指の変形など)、運動の調整が困難になる失調(しっちょう)症状がよく見られます。ただし、症状の程度は個人差が大きく、同じ家族内でも重症度が異なることがあります。最近報告された軽症タイプでは、知的障害や脳梁の異常がなく、成人後に軽い症状が現れる場合もあります。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
アンダーマン症候群の診断は、まず患者の症状や臨床所見(医師の診察で確認される特徴)を確認したうえで、遺伝子検査を行い、SLC12A6遺伝子に変異があるかどうかを調べることで確定します。具体的には、神経学的な検査、神経伝導検査、筋電図検査(electromyography:略称EMG)などを行い、神経障害のタイプを判定します。また、脳の状態を調べるためにMRI(磁気共鳴画像検査)で脳梁の発達状況を評価します。遺伝子の変異を特定するためには、主に全エクソーム解析(whole-exome sequencing:略称WES)または目的の遺伝子のみを調べるターゲット遺伝子解析を行います。妊娠中の超音波検査で脳梁や手足の異常が発見されることがありますが、症状に個人差が大きいため、出生前診断の精度は限られます。
治療法と管理 | Treatment & Management
現在のところ、アンダーマン症候群の根本的な治療法や完治を目指す治療法はありません。そのため、症状を和らげて生活の質を保つための対症療法が中心となります。具体的には、運動機能を維持・改善するためのリハビリ(理学療法、作業療法)、整形外科的治療(装具の使用や手術)、移動を補助する器具の使用が行われます。また、知的な発達を支えるために教育支援や言語療法、社会的なサポートも重要です。症状が比較的軽い患者は、大人になってもより高いレベルの自立が可能です。
予後 | Prognosis
遺伝子変異の種類や症状の重症度によって大きく異なります。典型的なアンダーマン症候群では、運動や感覚機能の進行性の低下により、重度の障害を伴います。知的障害や脳梁欠損がある患者は、生涯にわたり介護が必要になることが多いですが、多くの場合、成人まで生存します。一方、軽症タイプの患者では症状の進行は比較的緩やかで、成人期においても知的機能や運動機能をある程度維持できる場合が多くあります。早期の支援や治療によって生活の質を改善できますが、神経症状の進行自体を完全に止めることは困難です。
引用文献|References
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