先天性横隔膜ヘルニアとは、先天的に横隔膜に穴が開いている事で、お腹側にあるはずの臓器が胸の位置へ動いてしまう病気です。この病気は出生前診断で妊娠初期にわかります。本記事は、先天性横隔膜ヘルニアの症状、出生前、出生後の治療について解説しています。
この記事のまとめ
先天性横隔膜ヘルニアは横隔膜に穴が開いている事で、お腹にあるべき臓器が胸の位置へ移動する病気です。日本では毎年200〜300人発症している病気です。重症度は横隔膜にどれだけ欠損があるかで決まります。治療法は手術ですが、手術前に呼吸や循環の状態を安定させることを優先するため分娩後の妊婦の管理と手術前後の赤ちゃんの全身管理をします。
先天性横隔膜ヘルニア(CDH)とは
先天性横隔膜ヘルニアは、横隔膜に穴が開いている事で、お腹にあるべき臓器(腹腔内臓器)が胸の位置(胸腔)へ移動する病気です。ヘルニアとは臓器が体の内側から外に向けて出ている状態のことを言います。横隔膜ヘルニアであれば、腹腔内臓器が腹腔(体の内側)から胸腔(外側に)に突出している状態を指します。なぜ先天性横隔膜ヘルニアという病気が出生時に問題なるかといえば、出生直後から始まる呼吸と血液の循環に重大な異常が起こるからです。適切な治療を受けられなければ、命の危険に陥ります。先天性横隔膜ヘルニアの発生率は、赤ちゃん2,000〜5,000人のうち1例の割合です。日本では毎年200〜300人発症している病気です。ほとんどが左側ですが、ごくまれに右側の場合があります。横隔膜は胸とお腹を仕切っている薄い筋肉の膜で、息を吸うときに重要な役割を果たしています。
お腹から胸の位置へ移動する可能性のある臓器は以下のとおりです。
- 小腸
- 結腸(大腸)
- 肝臓
- 胃
- 十二指腸
- 脾臓
- 膵臓
- 腎臓
お腹の臓器が胸の位置へ移動すると、肺があるべき場所を他の臓器が占拠することで肺の形成を阻みます。結果、肺が成長できずに肺の大きさが小さくなる肺低形成がおこります。
先天性横隔膜ヘルニアはいつわかるのか
先天性横隔膜ヘルニアは、出生前診断により胎児期にわかるもの(胎児診断例)と、生まれてからわかるもの(出生後診断例)があります。
胎児診断例
出生前診断により、赤ちゃんがお腹にいるときからわかります。横隔膜は妊娠8週〜10週ごろに形成されるため、多くは妊婦健診で行う超音波検査で発見されます。
胎児診断例は重症が多いので、分娩直後から専門的な対応が必須となります。
出生後診断例
妊婦検診で分からなかった小さな穴の場合、常に臓器が左胸腔に移動しているわけではないため、出生後に診断されることもあります。
肺の形成が十分であることが多く、出生直後の呼吸が比較的安定しているため、手術ができる状態までの安定も早く、術後の安定も早いとされています。
先天性横隔膜ヘルニアの原因
先天性横隔膜ヘルニアの原因は解明されていません。
先天性横隔膜ヘルニアの症状
先天性横隔膜ヘルニアの症状は重症度によって異なり、軽症〜死亡まで幅広くなっています。
重症度は、以下の要素で決まります。
- 横隔膜にどれだけ欠損があるか
欠損孔が大きいほど臓器が移動しやすいです
- どの臓器がどれだけ移動したか
移動する臓器でとくに肝臓が移動すると肺の形成に大きな影響を与えます
- 肺の形成にどれだけ異常があるか
肺低形成が強いと手術に耐えうる全身の安定に時間がかかったり、肺の残存する能力によっては生存できません。
胎児期に先天性横隔膜ヘルニアと診断された場合、多くは重症であり、経験豊かな専門病院で計画的に帝王切開し、出生後すぐに新生児科医師による治療を始めます。赤ちゃんが泣くことを防ぐために、治療計画にのっとって鎮静剤を投与し、気管内挿管して人工喚気を始めます。
出生後に先天性横隔膜ヘルニアを発症したときは、
- 頻呼吸
- 陥没呼吸※1
- 呼吸促迫(こきゅうそくはく)※2
- 呻吟(しんぎん)※3
などの症状が、生後24時間以内に現れやすくなっています。
症状がみられる時期は生まれた直後であり、比較的軽症であることが多いですが、新生児集中治療室に新生児搬送され、診断と状態の評価を受けて治療を開始します。ときに、かなり珍しい乳児期以降の発症もあり得ます。乳幼児期以降に発症した場合は、嘔吐や腹痛などの消化器症状のこともあります。発症する時期の違いがあるのは、横隔膜に欠損孔があっても、臓器が移動していなければ症状が現れにくいからです。
※1 陥没呼吸:呼吸のとき息を吸うと、胸の一部が目にみえて陥没すること
※2 呼吸窮迫:呼吸が早くなりすぎて、苦しくなること
※3 呻吟:苦しんで呻く(うめく)症状
重症な場合
出生後、呼吸困難や循環不全を生じます。具体的にはチアノーゼや徐脈、また蘇生措置が必要とされる無呼吸などです。蘇生措置が間に合わず、死亡するケースもあります。
先天性横隔膜ヘルニアが重症になる原因は、以下が多いとされています。
- 臓器の移動による肺の圧迫で、肺低形成がおこる
- 新生児遷延性肺高血圧症(しんせいじせんえんせいはいこうけつあつしょう)の併発
お腹からの臓器の移動で肺を圧迫し、肺の成長を邪魔した結果を肺低形成といいます。
肺低形成では、胎児の肺の形成が十分ではありません。この状態の肺はガス交換機能が弱く、肺の拡張もしづらいため、呼吸不全に陥りやすいものです。肺低形成は新生児遷延性肺高血圧症の原因にもなりやすいとされています。
新生児遷延性肺高血圧症とは血流中の酸素量が不足する症状で、呼吸困難や循環不全へつながる病気です。肺につながる動脈が、狭い状態で拡張できないことが原因です。
先天性横隔膜ヘルニアの診断
先天性横隔膜ヘルニアは、以下の画像診断で判明します。
- 超音波検査
- MRI
まず胎児超音波検査で異常がみつかり、その後の重症度の判定のためにお母様にMRI検査を受けてもらい胎児のMRI画像を撮影します。
診断時期は出生前、出生後どちらもありますが、先天性横隔膜ヘルニアの症例の75%は出生前の検査でみつかっているのが現状です。
出生前診断
出生前診断は、赤ちゃんが生まれる前におこなう検査です。妊娠中に赤ちゃんの異常を早期に発見し、適切な治療や対応をするためにおこなわれるものです。
赤ちゃんが生まれる前の画像診断は超音波検査で、以下の項目を確認し、先天性横隔膜ヘルニアと判断しています。
- 心臓の位置
- 胃泡(いほう)の位置
- 羊水の量が多い
これら3つは、お腹から胸へ臓器が移動したことによる影響です。
羊水の量が増えるケースは、お腹から胸への臓器の移動により、胃の幽門部や噴門部にねじれが生じたときです。ねじれにより消化管が通過障害を起こし、通常口から飲み込んでいる羊水が飲みこめなくなるため羊水が通常よりも溜まりやすくなります。
胃泡とは胃の中にある空気で、逆流して身体の外にでた場合の名称はゲップです。胎内では胃の中は羊水で満ちているので超音波検査では低信号(黒く)描出されます。先天性横隔膜ヘルニアで胃が移動すると、胃泡の位置も変化します。
出生前診断のメリット
生まれる前に、赤ちゃんが先天性横隔膜ヘルニアと診断された場合、以下のメリットがあります。
- 赤ちゃんのための治療の準備ができる
- 妊婦の選択肢が増える
- 赤ちゃんの病気を受け入れる心の準備ができる
出生前診断で22週より前に先天性横隔膜ヘルニアの診断がなされると、胎児が13トリソミー(パトウ症候群)や18トリソミー(エドワーズ症候群)である可能性が示唆されます。その場合には、NIPT(新型出生前診断)を受検する判断の一助になるでしょう。
異常を早期に発見できれば、出産の準備や出産後の治療についての準備や、妊娠の継続や中絶などの選択肢を、あなたのライフプランと照らし合わせることができます。また、家族全員が早期から赤ちゃんの病気を受け入れる心の準備もできます。
障害をもつ赤ちゃんの親御さんは、心の準備のためカウンセリングに通ったり、金銭面の準備もしておけばよかった、というような理由で『赤ちゃんが障害をもっているのを事前に知っておきたかった』と考えたことがある人が多いそうです。
先天性横隔膜ヘルニアの治療
先天性横隔膜ヘルニアの治療法は手術です。手術の前には、呼吸や循環の状態を安定させることを優先します。そのため手術の前に考えなければいけないのは、分娩後の妊婦の管理と手術前後の赤ちゃんの全身管理です。
分娩前の妊婦さんの管理
検査で先天性横隔膜ヘルニアの診断がついたら、妊娠中から、十分な設備が整っており、この病気の治療に経験のある施設へ紹介されて帝王切開が予定されます。先天性横隔膜ヘルニアは難病であり、どこの病院でも治療できるわけではないからです。ときに県外であったり遠方であることもあります。
たとえば治療に適しているのは、先天性横隔膜ヘルニアの研究に携わっている病院です。
また、先天性横隔膜ヘルニア患者・家族会に病院を紹介してもらう方法もあるでしょう。
手術前後の赤ちゃんの全身管理
出生後、すぐ人工呼吸器をつけて、呼吸の安定を試みます。しかし肺低形成をもっている場合、肺に無理な圧力をかけないようにする「優しい人工換気法(gentle ventilation)」がおこなわれます。
中等症以上では、胎児期の循環が新生児期の循環に適切に切り替わらず、肺に血液が流れにくくなっています。これは肺高血圧という状態ですが、うまく治療が進むと時間とともに肺高血圧は解消していきます。
肺高血圧症がなくなるまで、正常な肺を壊さないでおくためにおこなうのが「優しい人工換気法(gentle ventilation)」です。赤ちゃんの肺に負担をかけないことを優先するため、ある程度のデメリット(血液中の高CO2濃度や低い酸素量)を許容し、人工呼吸器の設定をします。
以前は、血中酸素飽和度が低くなると、脳への影響を心配するのが新生児科での常識でしたが、出生直後にはそこまで酸素を必要としないことが分かってきたので、低い酸素飽和度を受容できるようになりました。新生児科の常識の打破ということで、これを「優しい人工換気法(gentle ventilation)」と特別な名前で呼んでいます。
また、新生児遷延性肺高血圧症を併発しているときには、一酸化窒素(NO)吸入療法がおこなわれます。一酸化窒素(NO)吸入療法とは肺動脈を拡張させて肺の血流量を増やす方法ですが、これにより血液中の酸素不足が改善されるので、呼吸困難や循環障害に有効な治療法とされています。しかし、一酸化窒素(NO)吸入療法には効果にばらつきがあり、効果が低い場合には、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の治療でも有名になった「ECMO」を用いることがあります。
ただし、一酸化窒素(NO)吸入療法は、ほぼどこの医療施設でも受けられますが、ECMOは体外循環が必要なために、どこでも誰でも受けられる治療ではないことに注意が必要です。
重症先天性横隔膜ヘルニアの出生直後の管理は、治療のための設備と医師の経験が大きく影響するので、赤ちゃんの治療施設ですべてが決まるといっても過言ではありません。
先天性横隔膜ヘルニアの手術
手術の方法は腹腔から切開し、胸に移動した臓器をお腹へ戻す方法です。その後、欠損している横隔膜の修復を試みます。横隔膜の欠損孔が小さいときは横隔膜を直接縫って閉鎖しますが、孔が大きければ人工布を使用します。
先天性横隔膜ヘルニアが軽症のときは、腹腔鏡での手術もおこなわれています。
一方、肺低形成の程度が重症の場合は、お母さんの子宮内で胎児鏡下気管閉塞術という手術も、ごく限られた産科施設でおこなわれています。
胎児鏡下気管閉塞術とは、胎児の肺の成長を促す方法です。胎児鏡を用いて、気管を一時的に閉鎖すると、肺胞液が外に漏れなくなります。肺胞液は肺の中で貯留させると肺の成長に寄与するので、肺胎児鏡下気管閉塞術は、肺低形成を食い止めるのに有効な治療法です。
後障害の重症度判定
出生後に先天性横隔膜ヘルニアの確定診断を受け、新生児期に治療を受けて生存できた場合、以下a)~i)に1つ以上当てはまっていれば、重症と判定されます。
a)-2SDを越える低身長又は低体重を示す。
b)精神発育遅滞・運動発達遅滞・その他中枢神経障害を有する。
c)難聴のために治療を要する。
d)人工呼吸管理・酸素投与・気管切開管理を要する。
e)経静脈栄養・経管栄養(胃瘻を含む)を要する。
f)胃食道逆流症のために外科的又は内科的治療を要する。
g)肺高血圧治療薬の投与を要する。
h)反復する呼吸器感染のために1年間に2回以上の入院加療を要する。
i)経過観察又は治療が必要な漏斗胸・側弯などの胸郭変形を有する。
引用ママ:先天性横隔膜ヘルニア概要・診断基準等/厚生労働省作成
軽症と判定される基準は、上記の症状にいずれも該当せず、先天性横隔膜ヘルニアの確定診断から90日以上生存している場合です。
先天性横隔膜ヘルニアの生存率と予後
先天性横隔膜ヘルニアの生存率は高いです。手術で早期に治療される場合、合併症にかかっていない状態で生存率は85%くらいといわれています。
先天性横隔膜ヘルニアの予後は良好ですが、重症度の高い15%程は在宅医療を必要とする場合もあります。
先天性横隔膜ヘルニアの手術後は、以下の症状を発症しやすいでしょう。
- 気胸
- 乳び胸(にゅうびきょう)※4
- 胸水
- 腸閉塞
先天性横隔膜ヘルニアにおける、後遺症や合併症として知られているのは以下です。
- 呼吸器感染
- 気管支喘息
- 慢性肺機能障害
- 慢性肺高血圧症
- 胃食道逆流症
- 逆流性食道炎
- 栄養障害
上記の栄養障害により、以下の症状も現れやすくなります。
- 成長障害
- 精神運動発達遅延
- 聴力障害
- 漏斗胸
- 脊椎側弯
※4 乳び胸:乳びとは、リンパ液に脂肪や脂肪酸が混ざったものでリンパ管に存在します。乳びがリンパ管から胸の中へ漏れてしまうことを乳び胸といいます。これが原因で息切れ・咳嗽・呼吸困難を生じます。
まとめ
先天性横隔膜ヘルニアは、胎児の横隔膜がつくられるときの発育障害により発症します。先天性横隔膜ヘルニアの赤ちゃんの生存率は高く、治療すれば日常生活をおくれる赤ちゃんも多くいますが、その反面後遺症が残る赤ちゃんも少なからずいます。
先天性横隔膜ヘルニアの赤ちゃんを出産するのは、治療の実績と設備が整ってる病院である必要があります。妊婦検診で異常が判明した場合は、地域のNICUと小児外科がそろった病院を紹介されます。
また、先天性横隔膜ヘルニアは後障害に対して、さまざまなサポートを受けられる病気です。このような情報を集めたり、手続きをしたりするのは多大な時間が必要になりますが、手術を受けた病院やその後のケアをする小児科のコーディネートが受けられます。
先天性横隔膜ヘルニアは出生前診断可能な病気です。妊婦検診はかかさずに受けて異常を見逃さないことが重要です。
【参考文献】
- 難病情報センター – 先天性横隔膜ヘルニア(指定難病294)
- 小児慢性特定疾病情報センター – 先天性横隔膜ヘルニア
- 日本小児外科学会 – 先天性横隔膜ヘルニア
- 新生児先天性横隔膜ヘルニア研究グループ – 小児呼吸器異常・低形成疾患に関する実態調査並びに診療ガイドライン作成に関する研究
- 難病情報センター – 呼吸器系疾患分野|新生児横隔膜ヘルニア(平成23年度)
- 国立成育医療研究センター – 胎児治療を行った先天性横隔膜ヘルニアの胎児の生存率が向上 ~国際ランダム化比較試験で「胎児鏡下気管閉塞術」の有効性が証明されました~
- 滋賀医科大学 – 新生児の一酸化炭素(NO)吸入治療
- MSDマニュアル家庭版 – 新生児遷延性肺高血圧症
- 大阪大学小児外科 – 新生児 CDH の予後改善を考慮した場合,Gentle ventilation(人工呼吸器の設定を高くしすぎない呼吸管理)は有効か?
- 先天性横隔膜ヘルニア患者・家族会
先天性横隔膜ヘルニアとは、先天的に横隔膜に穴が開いている事で、お腹側にあるはずの臓器が胸の位置へ動いてしまう病気です。この病気は出生前診断で妊娠初期にわかります。本記事は、先天性横隔膜ヘルニアの症状、出生前、出生後の治療について解説しています。
記事の監修者
伊東 真隆先生
ヒロクリニック新宿駅前院
ヒロクリニック横浜駅前院