ダウン症の根本的な治療は現在のところありませんが、合併症の治療法については各々確立されており、発達を促すための療育は日々更新されています。今回はダウン症の人に起こりやすい合併症と治療法を解説していきます。
ダウン症の合併症はなぜ起こる?
ダウン症とはダウン症候群という染色体異常です。21番目の染色体が通常の場合2本のところ1本多く3本になる疾患で、染色体異常の中で最も頻度が高いと言われています。
ダウン症の原因は突然変異が主になりますが、母体の年齢がダウン症の発症率と深く関与すると考えられています。
年齢が高くなるにつれ卵子の老化も重なり、ダウン症をはじめとした染色体異常が生じる確率が高まります。実際、母親が20歳代では1,450~1,050人に1人、30歳代では940~110人に1人、40歳以降では100人をきるというデータが報告されています。
ダウン症の特徴として、成長が全体的に緩やかであること、見た目など共通している部分があること、合併症を伴うことも多く、これらは染色体異常が影響していると考えらえています。
医療や療育、教育が進みダウン症を持ちながらも通常の学校・社会生活を送っています。ダウン症の成長や生活などについては専門の医師、保健師、支援団体に相談しながら、その子に合ったサポートを受けることが重要です。
また、近年出生前に赤ちゃんの状態を知ることができる NIPT(新型出生前診断) の検査精度も高くなってきています。胎児へのリスクがなく、エコー検査で妊娠を確認後すぐに受けられるため、赤ちゃんの状態を早く知ることができるといった特徴があります。
※ NIPT(新型出生前診断)とは
「お母さんから採血した血液から胎児の21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー(エドワーズ症候群)、13トリソミー(パトウ症候群)などの染色体異常を調べる検査」
ダウン症の合併症がない人
ダウン症では出生直後に手術を要するような合併症を持つ赤ちゃんから、ほとんど何も合併症がない赤ちゃんまで、症状には個人差があります。
平均的には2歳頃には手をつなげば歩けるようになります。精神運動発達の遅れは避けられませんが、芸術面で優れている方や大学を卒業している方々もいます。
ダウン症の合併症が起こる確率
ダウン症の合併症で最も多いものは心臓疾患であり、全体の40-50%に見られるといわれ高確率です。
その中でも高頻度に見られるのは心室中隔欠損、心内膜欠損、動脈管開存などです。
次に食道や腸に異常が見られるケースもあり、食道閉鎖、鎖肛、十二指腸閉鎖などが挙げられます。十二指腸閉鎖はダウン症の合併症として発症する確率が高く25-40%の症例でみられます。
ダウン症の人に起こりやすい合併症と治療法
循環器の疾患(心室中隔欠損・心房中隔欠損など)
心室中隔欠損症
心臓の心室中隔と呼ばれる部分に穴があいた病気のことを「心室中隔欠損症」と呼びます。1,000人あたり約3人の割合で発症する先天性疾患です。ダウン症などの染色体異常では合併することが多くなります。穴が小さい場合では自然に閉じる可能性もあります。
心室中隔欠損症の治療方法
穴が小さい場合、手術治療や内服治療なしで経過をみます。
重症な場合では、生後まもなく穴を塞ぐ手術が必要になることもあります。
症状が強くない場合には治療薬で心臓機能の改善を図りながら、2-4歳まで成長を待ち手術をすることが多いようです。
心房中隔欠損症
心臓の心房中隔と呼ばれる部分に穴があいている病気のことを「心房中隔欠損症」と呼びます。頻度は先天性心疾患の中では約5-6%といわれています。
胎児の時は、誰でも左右の心房を隔てる壁に穴があって血液の交通があります。出産後、肺機能の活動開始とともに自然に閉じますが、生まれた後も穴が残ってしまうと「心房中隔欠損」となります。
心房中隔欠損症の治療方法
小さな穴の場合、2歳の頃までに自然に閉じることもあります。しかし直径が8mm以上になると自然に閉じるのは難しくなるため、手術、またはカテーテル治療を行う必要があります。
消化器系の疾患(十二指腸閉鎖・食道閉鎖など)
消化管は口から肛門までのことを指しますが、途中が先天的に閉鎖していることがあり、ダウン症児の合併症で多くなります。
直腸、肛門、小腸、食道は閉鎖が起こりやすい部位です。
胎児エコーでは小腸閉鎖の診断率は高いのですが、食道や直腸・肛門の閉鎖は診断が難しい場合が多くあります。
十二指腸閉鎖
先天的に十二指腸に閉鎖があり、生後24時間に嘔吐が出現します。十二指腸は腸閉鎖のなかで最も頻度が高くなります。ダウン症などの染色体異常では発症頻度が高くなることが知られています。
十二指腸閉鎖の治療
消化管の減圧を図り、水分と電解質を点滴で体調を整えた後に、なるべく早めに手術を行います。
食道閉鎖
唾液の嘔吐や哺乳時にむせることで異常に気づかれることが一般的です。ダウン症などの染色体異常を持つ場合、食道閉鎖の他にも合併奇形が多いため、心エコーや腹部エコーを行い、骨格の異常、腎臓の異常、心大血管の異常、気管支の異常など、頻度の高い合併症を否定していきますが、出生時に全てを診断できるわけではありません。
食道閉鎖の治療
新生児期には胃にチューブを入れてミルクを注入します。成長を待って手術を行うことが多いです。
代謝・内分泌系の疾患(糖尿病、高脂血症など)
糖尿病
1型糖尿病(自己免疫機序によるインスリン分泌細胞の障害)の場合、ダウン症児では4-5倍の発症率で若年での発症傾向にあります。
1型糖尿病では定期的なインスリンの注射が必要になってきます。
ダウン症では肥満症が多いとされ、筋肉量が少なく基礎代謝が低いことに加え運動量が少なく、食習慣に偏りがあることが原因と言われています。
肥満は2型糖尿病の原因にもなるため、注意が必要です。
高脂血症
ダウン症では高脂血症を起こしやすいと言われています。
中性脂肪の高値は乳幼児期から見られることが知られていますが、ダウン症者に血管性疾患が多いとの報告はないようです。 定期的な血液検査が必要になります。
甲状腺疾患
甲状腺機能の低下がダウン症候群児に多くみられることがあり、出生時から甲状腺機能低下症と診断されることもあります。
活力の低下、体重増加、低体温、便秘などが甲状腺ホルモンが低下すると起こる症状とされています。 内服薬が必要となります。
眼科系の疾患(斜視・白内障など)
斜視
ダウン症児の斜視の罹患率は30%程度で、主に内斜視が認められます。経過をみて必要な場合、手術を行います。
白内障
先天性、後天性とあり、ダウン症の先天性白内障の頻度は約10倍高いと報告されています。しかし先天性の白内障では手術を必要としない例がほとんどになります。
耳鼻科の疾患(難聴・滲出性中耳炎など)
難聴
ダウン症の難聴の多くは伝音難聴と言われています。
外耳または中耳の異常により生じた難聴で、大きい音でないと聞こえづらくなるのが特徴です。中耳炎などが原因で起こる場合と、耳小骨の奇形など先天的な原因で起こる場合があります。
手術や薬物療法が主な治療法で、治療をすると治る可能性が高くなります。必要に応じて補聴器を使用することもあります。
ダウン症児では改善する例が多く、長期的なフォローが重要です。
滲出性中耳炎
耳に滲出液が溜まって起こる中耳炎です。
急性中耳炎のような痛み・発熱を伴わず、受診が遅れることがあります。ダウン症では滲出性中耳炎の合併が多く見られます。
投薬、鼓膜切開術、チューブ留置などの治療法があります。
整形・骨格系の疾患(低身長・偏平足など)
低身長
ダウン症では出生時から小さく生まれることも多く、新生児期、乳児期でも合併症の治療や感染症など様々な原因で発育速度が遅くなることがあります。
甲状腺ホルモンや成長ホルモンが原因の場合もあり、その場合にはホルモンを補う治療を行うことがあります。
扁平足
足の裏が平べったい状態を言います。
足が疲れやすかったり、足首・膝に負荷をかける立ち方や歩き方をすることがあります。
ダウン症児では扁平足が多く、子どもの頃から専用のソールを入れて矯正します。
血液系の疾患(白血病・鉄欠乏性貧血など)
白血病
急性白血病の発生頻度がダウン症では10-20倍発症率が高いとされています。
検査・治療は、専門医療機関への紹介が必要となります。
鉄欠乏性貧血
乳幼児期の貧血はほとんどが鉄欠乏性貧血です。血液検査でチェックし、問題があれば栄養面の改善や薬の内服が必要となります。
神経系の疾患(てんかん、発達障害など)
てんかん
ダウン症児に起こりやすいてんかんには「点頭てんかん」があります。「ウェスト症候群」とも呼ばれます。
数秒間隔で繰り返し起こる全身の筋肉の瞬時の収縮運動で、1歳前に発症し精神発達にも影響をきたすことが多くなります。
小児科で脳波検査、血液検査、脳の画像検査を受け、抗てんかん薬の治療を受ける必要があります。
発達障害
ダウン症の合併症として自閉症を発症する確率は8-18%もあると言われています。
なぜダウン症が自閉症を合併しやすくなるのか、原因はいまだ明らかになっていません。
しかし自閉症は先天的に脳機能の障害を持つ人が発症するため、ダウン症による脳発達不全によって自閉症が発症する可能性があると考えられています。
泌尿器系の疾患(停留精巣、尿道下裂など)
尿道下裂
尿道下裂は尿の出口が陰茎の先より根元側にある病気で、陰茎が下に向くことが多い先天的な尿道の奇形です。
排尿時、尿が飛び散り、立って排尿ができないことがあります。
治療は手術で、1歳から2歳で行うのが一般的です。
停留精巣
停留精巣とは陰嚢の中に精巣が入ってない状態で、男児の先天的な異常の中で最も頻度の高い疾患です。
早産、ダウン症児では頻度は高くなります。
2歳ぐらいまでに自然下降する事もありますが、自然降下がない場合、2-3歳ぐらいに手術する事が望ましいと言われています。
ダウン症の合併症の治療・新生児の場合
ダウン症の合併症の種類や程度は様々です。
その中で十二指腸閉鎖や鎖肛などは生後すぐに手術が必要となり、先天性心疾患も集中治療を要します。
いずれも小児外科や小児専門の循環器外科など、専門性の高い医療機関で手術・治療をします。
ダウン症の合併症の治療・子どもの場合
心臓や消化器系の疾患、筋肉の緊張が低くやわらかい、知的障がいなどさまざまな合併症があると、その対応のために医療的ケアを必要とする子どもがいます。
手術・治療などの進歩により、多くの病気は乳幼児期に改善するようになっています。
白血病やてんかんでは入院期間が長引くことがあります。
ダウン症児は感染症にかかりやすく、また回復に時間がかかる傾向がありますが、感染症の種類としては一般的なものになります。
ダウン症の合併症の治療・成人の場合
ダウン症の小児期には専門的な対応をする病院は多数あり、フォローアッププログラムは確立されています。
しかしダウン症の成人期になると小児科・小児病院の対象年齢を超え、内科への移行がなされないまま病院との繋がりがなくなってしまうことが多いようです。
成人期には、肥満、高尿酸血症、高脂血症、退行現象、適応障害、アルツハイマー病などの小児期にはないダウン症の成人特有の合併症や、眼科疾患・耳鼻科疾患・歯科口腔外科疾患などに対する医療的ケアは引き続き必要です。
ダウン症の体質をよく理解した主治医を持ち、各々で専門的な治療を受けることが望ましいと考えられます。
まとめ
ダウン症は寿命が短く、高齢期を迎えられないと考えられてきました。しかし現在、医学・療育の進歩により寿命が延びてきています。
ダウン症では合併症の確率が高くなることや発達の遅れがみられますが、周囲の手助けを得ながら、学校や仕事をはじめ、地域と関わりながら生活を送ることが可能です。
ダウン症の根本的な治療方法は現在のところありませんが、合併症の治療法については各々確立されており、発達を促すための療育は日々更新されてきています。ダウン症の正しい知識を得ることが重要だと言えます。
【参考文献】
- J-STAGE 小宅 功一郎, 奥羽 譲, 髙橋 希, 富里 周太, 守本 倫子 – ダウン症乳児における難聴の検討
- 愛知県医療療育総合センター 中央病院 小児内科 水野誠司 – ダウン症のある成人の健康管理
- MSDマニュアル
- 一般社団法人 日本小児内分泌学会 – 低身長|日本小児内分泌学会
ダウン症の根本的な治療は現在のところありませんが、合併症の治療法については各々確立されており、発達を促すための療育は日々更新されています。今回はダウン症の人に起こりやすい合併症と治療法を解説していきます。
記事の監修者
伊藤 雅彦先生
元医療国際福祉大学教授、前医療創生大学柏リハビリ学院長、日本遺伝子診療学会・日本遺伝子学会会員、他
略歴
1974年防衛医大入学
1979年、豪州シドニー大学医学部小児科(ロイヤルアレクサンドリア小児病院)にエクスターン留学
1980年防衛医大卒業(第1期生)。防衛医大小児科学教室に入局
防衛医大病院、自衛隊中央病院、北海道立小児総合保健センター新生児科、国家公務員共済組合連合会三宿病院小児科で勤務
1989年米国ハーバード大学医学部リサーチフェロー、米国タフツ大学医学部クリニカルフェロー
1993年埼玉医科大学短期大学小児科学講師
1994年埼玉医科大学小児科学講師
1997年国際医療福祉大学小児科学助教授、山王病院小児科勤務
2006年国際医療福祉大学特任教授(小児科学)
2008年イーハトーブ病院(岩手労災病院)名誉院長
2009年医療法人社団心の絆・蓮田よつば病院理事長
2010年医療法人銀美会銀座美容外科クリニック理事長
2011年医療法人社団鶴癒会新川病院院長
2011年学校法人医療創生大学千葉・柏リハビリテーション学院長
2014年医療法人葵会新潟中央透析クリニック院長
2016年医療法人葵会新潟聖籠病院副院長
2017年医療法人福聚会東葛飾病院院長
2018年医療法人葵会AOI国際病院国際部長
資格
医学博士、介護支援専門員(ケアマネジャー)登録、日本アレルギー学会認定医、日本医師会認定産業医、日本小児科学会認定医、日本レーザー医学会専門医試験合格、日本小児アレルギー学会評議員、日本小児心身医学会評議員、日米医学医療交流財団評議員、日本インターネット医療協議会評議員、日本コンピュータサイエンス学会理事、ナイチンゲールスピリット連盟理事長、NPO防衛衛生キャリアネット理事長、法務省黒羽刑務所医務部顧問などを歴任あるいは活動中
1998年9月、第10回日本コンピュータサイエンス学会学術集会を神奈川県横浜市パシフィコ横浜で会頭として主催
2011年5月から6月にかけて、宮城県気仙沼市立本吉病院にボランティア診療支援