原発性線毛機能不全症(Primary Ciliary Dyskinesia, PCD)は、DNAI1遺伝子の変異によって引き起こされる希少な遺伝性疾患です。運動線毛の機能不全により、慢性的な呼吸器感染症、副鼻腔炎、気管支拡張症を引き起こし、約50%の患者には内臓逆位(situs inversus)が見られます。早期診断には遺伝子検査や鼻一酸化窒素測定が有効であり、適切な治療管理によって生活の質を維持できます。
遺伝子・疾患名
DNAI1|Primary Ciliary Dyskinesia, DNAI1-related
CILD1; Ciliary Dyskinesia, Primary, 1; Kartagener Syndrome; Ciliary Dyskinesia, Primary, 1, with or Without Situs Inversus; Dextrocardia-Bronchiectasis-Sinusitis Syndrome
概要 | Overview
原発性線毛機能不全症(Primary Ciliary Dyskinesia, PCD)は、まれな遺伝性疾患であり、運動線毛(動く能力を持つ線毛)の機能に異常が生じることで発症する。線毛は気道、生殖器官、脳室系などのさまざまな器官に存在し、特に気道では粘液を効率的に排出する役割(粘液線毛クリアランス)を担っている。DNAI1 遺伝子の変異により、線毛の外側ダイニンアーム(細胞内のモータータンパク質の一部)が欠損し、その結果、線毛の運動が障害される。この異常により、慢性的な呼吸器感染症、副鼻腔炎、気管支拡張症が引き起こされるほか、約50%の患者では内臓が左右逆の位置に配置される内臓逆位(situs inversus)がみられる。この内臓逆位が特徴的に見られる場合、カルタゲナー症候群(Kartagener syndrome)と呼ばれる。PCDは常染色体劣性遺伝形式をとり、現在までに50種類以上の遺伝子が関与していることが確認されている。
疫学 | Epidemiology
PCDの有病率は地域によって異なり、およそ4,000人に1人から40,000人に1人の範囲で報告されている。一般的には10,000人に1人程度の発症率が推定されているが、診断の難しさにより過小評価されている可能性がある。特に、呼吸器疾患の他の病気と症状が似ているため、診断がつかないことも多い。一部の集団では遺伝的要因により発症率が高く、例えばイギリスのアジア系住民では約2,200人に1人の割合で発症するとされる。日本では、DRC1 遺伝子のエクソン1〜4が欠失する変異が最も一般的な原因であることが判明しており、日本人集団における対立遺伝子頻度は約0.0034と報告されている。
病因 | Etiology
PCDは、運動線毛の構造や機能を担う遺伝子の変異によって引き起こされる。DNAI1 遺伝子は染色体9p13に位置し、ダイニン中間鎖タンパク質(dynein axonemal intermediate chain 1)をコードしている。このタンパク質は線毛の外側ダイニンアームの正常な形成と機能に必要不可欠であり、DNAI1 遺伝子に病的変異が生じると、線毛の運動が著しく障害される。PCDは常染色体劣性遺伝形式をとり、発症には両親からそれぞれ1つずつ病的変異を受け継ぐ必要がある。PCDの遺伝的要因は非常に多様であり、確認されている症例の約70%において、両アレルに病的変異が同定されている。
症状 | Symptoms
PCDは、粘液線毛クリアランスの障害により、慢性的な呼吸器疾患を主な症状とする。出生直後から症状が現れることが多く、特に新生児呼吸窮迫症候群(生まれたばかりの赤ちゃんが原因不明の呼吸困難を示す)を呈する場合がある。代表的な症状として以下が挙げられる。
慢性的な湿性咳嗽(長期間続く咳と粘液分泌の増加)、再発性副鼻腔炎や鼻閉、慢性中耳炎による難聴のリスク、繰り返す肺感染症に伴う気管支拡張症、約50%の患者にみられる内臓逆位、不妊(男性では精子の運動障害、女性では卵管の線毛機能不全による受精障害)
また、まれではあるが、水頭症(脳脊髄液の循環障害)を合併することもあり、線毛機能の全身的な重要性が示唆されている。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
PCDの診断は難しく、単独で確定診断できる標準的な検査が存在しない。そのため、複数の診断手法を組み合わせて行うのが一般的である。
鼻一酸化窒素(nNO)測定は、PCD患者ではnNOレベルが著しく低下しているため、スクリーニング検査として利用されるが、日本を含めた一部の国では普及していない。高速ビデオ顕微鏡解析では、鼻や気管支上皮から採取した細胞の線毛運動を観察する。透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた検査では、ダイニンアームの欠損など、線毛の超微細構造の異常を確認できる。遺伝子検査では、PCD関連遺伝子の変異を特定するため、次世代シーケンシング(NGS)が広く用いられ、診断の精度が向上している。免疫蛍光顕微鏡検査では、線毛に発現するタンパク質の異常を可視化できる。
早期診断は、疾患の進行を抑え、合併症を防ぐために重要である。
治療法と管理 | Treatment & Management
PCDに対する根本的な治療法は存在しないが、症状の軽減と合併症の予防を目的とした管理が行われる。
気道クリアランス療法では、定期的な胸部理学療法や体位排痰を行い、粘液の排出を促進する。抗生物質療法は、細菌感染を迅速に治療し、気管支拡張症の進行を抑えるために用いられる。気管支拡張薬や吸入ステロイドは、気道過敏性を伴う患者に適応される。聴覚管理として、再発性中耳炎による聴力低下を防ぐために定期的な検査と補助療法が推奨される。生殖補助技術は、精子の運動障害や卵管線毛機能不全による不妊症に対する選択肢となる。肺移植は、重度の呼吸不全を伴う末期例において検討される。
長期的な健康管理のためには、呼吸器専門医、耳鼻咽喉科医、遺伝カウンセラーなどの専門家による多職種連携が重要である。
予後 | Prognosis
PCDの予後は、肺疾患の進行度や適切な医療管理の有無によって異なる。早期診断と適切な治療を受けることで、多くの患者は成人期まで比較的良好な生活を維持できる。しかし、慢性的な呼吸器感染症や進行性の気管支拡張症により、肺機能が低下し、一部の患者では肺移植が必要になることもある。一般集団と比べて寿命は短くなる傾向があるものの、管理の質によって大きく左右される。現在、遺伝子治療の研究が進められており、将来的には新たな治療法の開発が期待されている。
引用文献|References
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