網膜色素変性症59型(RP59)は、DHDDS遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝性疾患で、進行性の視力低下を特徴とします。特に、夜盲症や周辺視野の喪失から始まり、最終的には視覚の完全な消失に至ることがあります。本記事では、RP59の発症メカニズム、症状、診断法、治療の現状について詳しく解説します。
遺伝子・疾患名
DHDDS|Retinitis Pigmentosa 59 (DHDDS-related)
Rod-Cone Dystrophy; RCD
概要 | Overview
網膜色素変性症59型(RP59)は、DHDDS遺伝子の病的変異によって引き起こされる常染色体劣性遺伝形式の網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa, RP)の一種です。このDHDDS遺伝子は、デヒドロドルコリル二リン酸合成酵素(dehydrodolichyl diphosphate synthase, DDS)をコードしており、この酵素はドルコール(dolichol)という物質の合成に不可欠です。
ドルコールは、細胞内の小胞体(endoplasmic reticulum, ER)において行われる糖鎖修飾(タンパク質のグリコシル化)に重要な役割を果たします。糖鎖修飾は細胞機能の正常な維持に不可欠なプロセスであり、この過程が破綻すると、視細胞をはじめとする多くの細胞に異常が生じます。
RP59の主な特徴は、網膜の進行性変性であり、特に杆体(ロッド)視細胞が最初に影響を受け、その後錐体(コーン)視細胞も二次的に失われます。これにより、夜盲症(暗い場所で見えにくくなる)や中間周辺視野の喪失から始まり、最終的には視覚の完全な消失に至ることがあります。この疾患は、網膜の色素沈着異常(pigmentary retinopathies)を特徴とする疾患群に分類され、眼底検査(fundoscopy)により、網膜の異常な色素沈着が観察されます。
疫学 | Epidemiology
網膜色素変性症(RP)は、遺伝性網膜疾患の中で最も一般的な疾患の一つであり、世界的な発症頻度は3,000〜4,500人に1人とされています。RPの遺伝形式には、
- 常染色体優性(autosomal dominant)
- 常染色体劣性(autosomal recessive)
- X染色体連鎖(X-linked)
の3種類があり、常染色体劣性型(RP59を含む)は全体の約20〜30%を占めます。現在までに50種類以上の遺伝子がRPの原因として同定されており、遺伝的多様性(genetic heterogeneity)が非常に高い疾患であることが知られています。
病因 | Etiology
RP59は、1番染色体(1p36.11)上に位置するDHDDS遺伝子の変異によって発症します。このDHDDS遺伝子は、NUS1遺伝子とともに、デヒドロドルコリル二リン酸合成酵素(DDS)複合体を形成します。
このDDS複合体は、
- イソペンテニル二リン酸(isopentenyl pyrophosphate, IPP)と
- ファルネシル二リン酸(farnesyl pyrophosphate, FPP)
を結合させ、デヒドロドルコリル二リン酸(dehydrodolichyl diphosphate, Dedol-PP)を合成する働きを持ちます。Dedol-PPは、ドルコールリン酸(dolichol phosphate)の前駆体であり、この物質はN-型糖鎖修飾(N-glycosylation)に不可欠です。この糖鎖修飾は、タンパク質の安定性や機能に影響を与えます。
DHDDS遺伝子の変異によりドルコール合成が阻害されると、N-型糖鎖修飾が正常に行われなくなります。これにより、視細胞において特に重要なロドプシン(rhodopsin)の糖鎖修飾が損なわれ、その結果として視細胞の機能が低下し、RP59に特徴的な網膜変性が進行すると考えられています。
症状 | Symptoms
RP59の臨床症状は、他の網膜色素変性症と共通する特徴を持ちます。
- 夜盲症(nyctalopia):
- 最も早期に現れる症状で、通常思春期〜若年成人期に発症します。
- 進行性の周辺視野喪失(peripheral vision loss):
- 最初は中間周辺視野(視界の中央から少し外側)が失われ、徐々に視野が狭まります。
- 中心視力の低下(central vision deterioration):
- 末期には中心視力も低下し、成人期には法的失明(legal blindness)に至ることが多いです。
- 網膜の色素沈着(retinal pigment deposits):
- 眼底検査では、骨小体様(bone spicule-like)の色素沈着が中間周辺網膜に見られます。
また、一部の患者では、糖鎖異常に関連する軽度の全身症状(骨格異常など)がみられる可能性がありますが、これらはRP59の主要な特徴とはされていません。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
RP59の診断には、以下の方法が用いられます。
- 眼底検査(fundoscopic examination):
- 網膜の色素沈着異常や視神経の蒼白化(optic nerve pallor)を確認します。
- 網膜電図(Electroretinography, ERG):
- 杆体・錐体視細胞の応答が低下または消失していることを確認します。
- 視野検査(visual field testing):
- 周辺視野の欠損の程度を評価します。
- 光干渉断層計(Optical Coherence Tomography, OCT):
- 網膜の菲薄化(thinning)や視細胞の喪失を可視化します。
- 遺伝子検査(genetic testing):
- DHDDS遺伝子の変異を特定し、RP59の確定診断を行います。
治療法と管理 | Treatment & Management
現在、RP59の根本的な治療法は確立されておらず、症状の管理と進行の遅延を目的とした治療が行われます。
- ビタミンA補給(有効性は不明)
- 人工網膜(Argus IIなど)
- 遺伝子治療(現在研究段階)
- 視覚補助機器(拡大鏡、コントラスト補正眼鏡など)
- 移動訓練(視覚障害者向けの歩行訓練)
予後 | Prognosis
RP59は進行性かつ不可逆的な疾患であり、患者によって進行速度は異なりますが、多くの患者は中年期〜後期成人期にかけて著しい視力低下を経験します。
遺伝子治療や神経保護戦略、薬理学的治療の研究が進められており、将来的な治療法の開発が期待されています。
引用文献|References
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