アスパラギン合成酵素欠損症(ASNSD)は、遺伝子の異常により脳の発達が妨げられる非常にまれな先天性代謝疾患です。重度の先天性小頭症や難治性のけいれん発作などが特徴で、早期診断が重要となります。本記事ではASNSDの症状、診断方法、治療法や最新の研究動向を分かりやすく解説します。
遺伝子・疾患名
ASNS|Asparagine Synthetase Deficiency
概要 | Overview
アスパラギン合成酵素欠損症(ASNSD)は、アスパラギン合成酵素(ASNS)という酵素を作る遺伝子(ASNS遺伝子)に異常(変異)が生じることで発症する、非常にまれな先天性代謝疾患です。この遺伝子は第7番染色体の長腕21.3領域(7q21.3)に存在しています。ASNS酵素は、体内でアスパラギン(Asn)というアミノ酸を作り出す役割を担っており、具体的にはアスパラギン酸(Asp)をグルタミン(Gln)およびエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)と反応させてアスパラギンを合成します。この働きは特に脳の発達に重要です。ASNSDの患者は、生まれつき頭部が著しく小さい(重度の先天性小頭症)ことが多く、発達の遅れや、徐々に進行する脳の萎縮(脳が縮んでしまう状態)、治療が難しいけいれん発作などを示します。症状は通常、生まれて間もない乳児期に現れ、早期に亡くなるケースも少なくありません。
疫学 | Epidemiology
ASNSDは非常に希少な病気であり、世界的な患者数は100万人に1人以下と推定されています。この病気が初めて報告されたのは2013年のことで、それ以降、世界中で約55家族、合計約100例が報告されています。乳児期での死亡率が高く、患者の約70~72%が幼い時期に亡くなっています。また、この疾患は特定の民族や地域に限らず、世界各地でさまざまな民族的背景を持つ人々から報告されています。
病因 | Etiology
ASNSDは、ASNS遺伝子に2つの異常(両アレル性変異)がある場合に発症します。具体的には、同じ変異を2つ持つ場合(ホモ接合体)または異なる変異を1つずつ持つ場合(複合ヘテロ接合体)の両方が確認されています。現在までに50種類以上の変異が報告されており、その多くはミスセンス変異(遺伝子内の一部が置き換わり、酵素の一部であるアミノ酸が別のものに変わってしまう変異)です。他には、遺伝子の枠組みがずれるフレームシフト変異や、酵素が途中で途切れてしまうトランケーション変異も知られています。これらの遺伝子変異によって、酵素が正常に機能しなくなり、体内のアスパラギン量が不足します。さらに研究では、酵素の直接的な活性部分以外に起きた変異であっても、酵素の構造が不安定になり、機能が失われることがわかっています。ただし、アスパラギンの不足が具体的にどのような仕組みで脳の発達を妨げるのかについては、まだ完全に明らかになっていません。
症状 | Symptoms
ASNSDの主な症状として、生まれつき頭が非常に小さい(先天性小頭症)ことや重度の発達遅延が挙げられます。また、体の中心部分が弱く筋力が低下する軸性低緊張から、徐々に手足に強い筋肉の緊張(痙性)が広がる痙性四肢麻痺へと進行します。脳は時間とともに萎縮し、けいれん発作が生後まもなく始まることが多く、最初の発作は生後1日から9か月頃(中央値)に現れます。そのほか、皮質盲(目に異常がないのに脳の問題で見えなくなる症状)、反射の過敏性(腱反射の亢進)、重度の知的障害、摂食困難なども見られます。症状の重さは患者ごとに異なり、遺伝子変異の種類や酵素活性の低下度合いによって変化します。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
ASNSDの確定診断は、主に遺伝子検査(DNA検査)によって行われます。具体的には、ASNS遺伝子の塩基配列を解析して病気の原因となる遺伝子変異を特定します。血液や髄液のアスパラギン濃度が低いことも診断の参考にはなりますが、正常なアスパラギン濃度であってもASNSDを否定することはできないため、生化学的な検査だけで診断することは困難です。胎児の診断(出生前診断)は難しいですが、超音波検査やMRI検査などで胎児に脳の発達異常(たとえば両頭頂径の著しい縮小や進行性の脳萎縮など)が見られた場合、遺伝子検査を用いて診断する可能性があります。
治療法と管理 | Treatment & Management
ASNSDには、現在、病気そのものを治す根本的な治療法が存在しません。そのため、治療は主に症状を和らげるためのサポートケアが中心となります。具体的には、けいれん発作を抑えたり、筋肉の強い緊張(痙性)を緩和したりして、患者さんができるだけ快適に生活できるように管理します。理論上はアスパラギンの補充が有効と考えられますが、実際に症状が改善するという明確な証拠はなく、効果が一定しません。代謝に関する研究からは、代謝ストレスの管理が細胞レベルの悪影響を軽減できる可能性も指摘されています。将来的には、正常なASNSタンパク質を導入する遺伝子治療や酵素補充療法が研究されています。
予後 | Prognosis
ASNSDの予後(病気の将来的な見通し)は一般的に良くありません。患者の約70~72%が乳児期または幼少期に亡くなります。生存した場合でも、重度の知的障害、治療困難なけいれん発作、重い運動障害を抱えることが多く、生活の質は著しく低下します。早期発見と十分なサポートケアによって、患者の快適さや生存期間をわずかに延ばせることもありますが、長期生存と良好な発達を達成することは非常に稀です。今後、予後改善のためには、早期診断や代謝治療、遺伝子治療法の発展が重要とされています。
引用文献|References
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