コケイン症候群(Cockayne Syndrome)とリー症候群スペクトラム(Leigh Syndrome Spectrum)は、核遺伝子の変異によって引き起こされる稀少疾患です。この記事では、それぞれの症状、診断、治療法、そして遺伝形式について詳しく解説します。
この記事のまとめ
核遺伝子の変異が原因となる稀少疾患、コケイン症候群とリー症候群スペクトラムに焦点を当てた記事です。これらの疾患は、患者の成長や多くの臓器機能に影響を与え、症状の進行性や重症度はさまざまです。この記事では、疾患の特徴、診断法、治療の選択肢を丁寧に説明し、患者やその家族が直面する課題に寄り添います。
この遺伝子座にある疾患に関与する可能性が高い遺伝子
S/N | 遺伝子名 | 関連する疾患名 | Associated disease name |
1 | ERCC8 | コケイン症候群 | Cockayne Syndrome |
2 | NDUFAF2 | 核遺伝子コード化リー症候群スペクトラム | Nuclear Gene-Encoded Leigh Syndrome Spectrum |
[1_ERCC8] コケイン症候群(Cockayne Syndrome)
コケイン症候群(Cockayne syndrome, CS)は、遺伝子ERCC8の変異によって引き起こされる非常に稀な遺伝性疾患で、成長障害や多くの臓器や機能の異常が主な特徴です。この疾患は進行性であり、症状が時間とともに悪化する点が重要です。ただし、その発症時期や進行の速さ、症状の重さは個人によって異なります。CSは常染色体劣性遺伝の形式をとり、両親がそれぞれ病原性変異を持つ場合、子どもがこの疾患を発症する確率は25%です。
CSの症状は多岐にわたり、紫外線への過敏性(光線過敏性)が顕著なほか、成長遅延、著しい体重減少による痩せ型小人症、早老様の外見が特徴です。また、視力や聴力が徐々に低下し、神経系の重度の退行がみられます。特に脳の白質における脱髄(髄鞘の減少)や小脳の萎縮、知的障害の進行といった神経学的な特徴が顕著です。一方で、光線過敏性があるにもかかわらず、皮膚がんのリスクは増加しないという点が、似た疾患である色素性乾皮症(Xeroderma Pigmentosum)と異なる特徴です。
CSは主に4つの臨床型に分類されます。それぞれの型は、症状の重さや発症時期によって異なります。「クラシック型」(CSタイプI)は最も一般的で、生後しばらくは正常な成長を示しますが、幼児期に成長障害や発達遅延が明らかになります。「重症型」(CSタイプII)は出生時から成長不全や神経発達の欠如が見られ、通常、5歳未満で死亡します。「軽症型」(CSタイプIII)は稀な型で、症状が小児期後半以降に現れる遅発型が特徴です。また、最も重い型として「脳眼顔骨格症候群」(COFS症候群)があり、胎児期に診断可能な重度の発達異常を伴います。この型では、胎児期からの成長障害や関節拘縮、先天性白内障などが見られることが特徴です。
CSの診断は、患者の臨床的な特徴を観察することに加え、分子遺伝学的検査によって行われます。具体的には、MRI検査で白質の脱髄や小脳の萎縮を確認したり、紫外線感受性試験や神経伝導速度検査を行うことで診断が補助されます。ERCC8遺伝子の変異が確認される患者は、CS全体の約35%にのぼります。
CSの治療は、主に症状を緩和し、患者の生活の質を向上させることを目的とした対症療法が中心です。たとえば、成長障害や栄養不足に対する支援として経管栄養が行われるほか、発達遅延には個別教育プログラムが導入されます。理学療法は、関節拘縮を防ぐために役立ちます。また、光線過敏性を持つ患者には、サングラスや日焼け止めを使用して紫外線から保護することが重要です。さらに、視覚や聴覚の障害には補助機器を使用し、歯科ケアでは虫歯を予防するための積極的な治療が推奨されます。一方で、成長ホルモン療法や特定の薬剤(例:メトロニダゾールやオピオイド系鎮痛剤)は避けるべきです。
CSは進行性の疾患であるため、定期的な健康チェックが欠かせません。半年ごとの食事や神経系、眼科的評価のほか、年1回の聴力、肝機能、腎機能の検査が推奨されます。特に重症型の患者では、出生直後からの積極的な医療支援が必要とされます。
遺伝カウンセリングは、CS患者やその家族にとって非常に重要です。カウンセリングを通じて、疾患の遺伝的背景や将来的なリスクを正しく理解することで、医療やライフプランの計画を立てる助けとなります。
現時点では、CSを根治する治療法は存在しません。しかし、早期に診断し、適切なケアを行うことで、患者の生活の質を可能な限り向上させることができます。また、家族への支援も重要であり、適切な情報提供とサポートが、家族の負担軽減に寄与します。
[2_NDUFAF2] 核遺伝子コード化リー症候群スペクトラム(Nuclear Gene-Encoded Leigh Syndrome Spectrum)
核遺伝子に由来するNDUFAF2遺伝子の変異は、リー症候群スペクトラム(Leigh Syndrome Spectrum, LSS)と呼ばれる稀少疾患を引き起こします。この疾患は主にミトコンドリア機能不全を原因としており、患者の身体に深刻な影響を及ぼします。NDUFAF2遺伝子は、5q12と呼ばれるゲノム領域に位置し、NADHデヒドロゲナーゼ(ユビキノン)1αサブコンプレックスアセンブリーファクター2というタンパク質をコードしています。このタンパク質は、ミトコンドリア複合体I(Complex I)の組み立てに関与する分子シャペロンとして重要な役割を果たしており、NADHから呼吸鎖への電子伝達を担います。複合体Iの電子受容体はユビキノンであると考えられています。
NDUFAF2遺伝子が正常に機能しない場合、ミトコンドリア複合体I欠損症核型10(MC1DN10)と呼ばれる状態が生じます。これは、ミトコンドリア障害で最も一般的な生化学的特徴であり、酸化的リン酸化における欠陥が原因で発症します。この種の疾患は、出生1万人から5万人に1人の割合で発生し、症状の重症度は大きく異なります。新生児期に致命的な疾患として現れる場合もあれば、成人期になって初めて発症する神経変性疾患として現れることもあります。症状は多岐にわたり、巨頭症を伴う進行性白質脳症、非特異的な脳症、心筋症、筋力低下、肝疾患、リー症候群、レーバー遺伝性視神経症、さらにはパーキンソン病の一部が含まれます。この疾患は常染色体劣性遺伝形式で遺伝します。
リー症候群スペクトラムは、典型的なリー症候群(Leigh Syndrome)とリー様症候群(Leigh-like Syndrome)の2つに分類されます。リー症候群は急性壊死性脳症の一種とされ、感染症を契機に血液や髄液中の乳酸値の上昇がしばしば見られる代謝異常が特徴です。この疾患では、心理運動発達の遅れや退行が見られるほか、神経学的症状として筋緊張低下、痙性、運動失調、末梢神経障害などが挙げられます。また、心肥大、過剰毛症、貧血、腎尿細管障害、肝障害、眼瞼下垂、筋力低下など、全身にわたる症状を伴うこともあります。発症は通常、生後3~12カ月頃で、ウイルス感染後に症状が現れることが多いです。患者の約半数は3歳までに呼吸不全や心不全で亡くなりますが、発症が遅い場合や成人期まで生存するケースも稀にあります。
一方、リー様症候群は、リー症候群に似た臨床的特徴を持ちながらも、診断基準を完全には満たさない場合に用いられる用語です。例えば、MRI画像が非典型的であったり、エネルギー代謝異常の明確な証拠が不足している場合などです。
1951年に初めて記載されたリー症候群は、基底核や視床、脳幹、小脳歯状核、視神経に多発性で対称的な壊死性病変を伴うことが特徴です。これらの病変は、組織学的には脱髄やグリオーシス、血管増殖などを伴うスポンジ状の外観を示します。近年のMRI技術の発展により、病理解剖を行わなくても診断を確定できるようになりました。
治療は主に症状に応じた対処療法が中心ですが、一部の症例では特定の治療が有効です。例えば、ビタミンB群(チアミンやビオチン)の欠乏症やコエンザイムQ10欠乏症に対しては早期からの補充療法が推奨されます。さらに、アシドーシスや発作、ジストニア、心筋症への対応、栄養管理、心理的支援も重要です。麻酔の使用については、呼吸不全のリスクを避けるために慎重な監視が必要です。
核遺伝子に起因するリー症候群スペクトラムは、非常に多様で複雑な疾患群ですが、早期診断と適切な治療介入により、患者の生活の質を大きく改善できる可能性があります。この疾患に対する研究の進展は、より効果的な治療法の確立に向けての希望をもたらしています。
引用文献
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- Laugel V. Cockayne Syndrome. 2000 Dec 28 [Updated 2024 Aug 29]. In: Adam MP, Feldman J, Mirzaa GM, et al., editors. GeneReviews® [Internet]. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-2025. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1342/
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