1p36欠失症候群は、稀な染色体異常が原因で発症する疾患です。特徴的な顔立ち、筋緊張低下、発達遅延、知的障害、けいれん発作など多岐にわたる症状が見られます。本記事では、疾患の特徴や診断方法、管理とサポートの重要性について詳しく解説します。
この記事のまとめ
1p36欠失症候群は、1番染色体の短腕の一部が欠失することによって発症する稀な遺伝性疾患です。本記事では、疾患の主な特徴、診断方法、管理のポイント、そして患者とその家族が直面する課題について、わかりやすくご紹介します。専門的な知識がない方にもご理解いただけるよう、できるだけ平易な言葉で解説しています。ぜひ最後までお読みください。
疾患概要
1p36欠失症候群は、非常に稀な染色体異常の一つで、さまざまな特徴的な症状を伴う病気です。この症候群では、1番染色体の短腕36領域が欠失することで、体や脳の発達に必要な遺伝子が失われ、さまざまな影響が現れます。主な症状として、特徴的な顔立ち、筋緊張の低下(筋肉が弱く力が入りにくい状態)、発達の遅れ、知的障害、けいれん発作、心臓の先天性疾患、話す能力の欠如や非常に限られた言語能力、そして出生前から始まる成長不足が挙げられます。
この症候群は、染色体欠失症候群の中でも比較的一般的で、出生5,000〜10,000件に1件の割合で発生するとされています。また、発生率は女児に多く、男児に対して3:2の割合で診断されることがわかっています。
1p36欠失症候群は患者によって症状の現れ方や重症度が異なるため、個別のサポートが重要です。早期に診断され、適切な医療的・社会的支援を受けることで、患者とその家族の生活の質を向上させることが期待されています。この症候群について知識を深めることで、適切なケアと理解を促進することができます。
病因と診断の方法
1p36欠失症候群は、1番染色体の短腕(1p)の一部が欠けていることで発生する疾患です。この染色体の欠失は、染色体の先端近く(遠位部)の領域、具体的には1p36.13から1p36.33にかけて起こり、重要な遺伝情報の一部が失われます。この欠失により、身体的、発達的、知的なさまざまな問題が引き起こされる可能性があります。この欠失は通常、対の染色体の片方だけに影響を及ぼす「ヘテロ接合型」として発生します。
1p36欠失症候群は、さまざまな遺伝的メカニズムによって引き起こされます。約50%の症例は、新たに発生した(de novo)染色体末端の欠失によるもので、遺伝的な原因ではありません。約29%は染色体の中間部分が欠ける「中間欠失」によるもので、残りの症例は染色体の再構成(例えば、染色体が一度切断され、別の形で再結合される場合)によるより複雑な形態をとっています。
1p36欠失症候群の診断は、発達の遅れ、特徴的な顔立ち、生まれつきの異常など、特有の症状を見つけることから始まります。その後、遺伝子検査によって診断が確定されます。遺伝子検査には、特定の染色体の部分を可視化して欠失を確認する蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)や、欠失の正確な位置や大きさを特定するための比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)アレイが一般的に用いられます。
診断が確定した場合、関連する健康問題を特定するための包括的な医療評価が必要です。心臓の異常は、超音波を用いる心エコー検査や心電図(ECG)によって評価されます。脳の異常は磁気共鳴画像法(MRI)で確認され、構造的な問題を特定します。けいれん(発作)は、脳波検査(EEG)を用いて診断されます。また、神経発達の評価を通じて認知や身体の発達の遅れの程度を把握します。さらに、視覚や聴覚の検査で障害の有無を確認し、骨格や腎臓の異常についても画像診断で評価します。
1p36欠失症候群の多くの症例は偶発的に発生し、遺伝的に継承されることはありません。しかし、一部の症例では、バランス型の染色体再構成を持つ親から不均衡な転座を受け継いだことが原因となります。バランス型再構成は、保因者自身に健康問題を引き起こすことはほとんどありませんが、子どもに遺伝的な異常をもたらす可能性があります。家族内で1p36欠失症候群が確認されている場合は、出生前診断によって胎児の染色体再構成を確認し、早期診断や適切な医療準備が可能です。
臨床的観察、遺伝子検査、そして的確な評価を通じて、医療提供者は1p36欠失症候群を効果的に診断し管理することができます。このアプローチにより、患者とその家族の個別のニーズに応じた適切な支援を提供することが可能です。
疾患の症状と管理方法
1p36欠失症候群は、稀な遺伝性疾患で、特徴的な身体的特徴、発達の課題、そして多様な医療的合併症を伴います。この疾患の症状は、妊娠中や出生直後から現れることが多く、早期診断と適切な管理が非常に重要です。
身体的特徴と発達の課題
1p36欠失症候群を持つ子どもたちには、共通する特徴的な顔立ちが見られます。具体的には、まっすぐな眉、奥まった目、広く平らな鼻根部、鼻と上唇の間が長い(長い人中)、尖ったあご、低い位置で異常な形状の耳、小さな頭と遅れて閉じる大泉門(頭蓋骨の柔らかい部分)などが挙げられます。また、短い指や足(短指症)、曲がった指(屈指症)、特に小さな足といった身体的特徴が見られることもあります。
この症候群を持つすべての子どもに発達の遅れが見られ、その程度は個々によって異なります。ほとんどの子どもに筋力の低下(筋緊張低下)が見られ、これが授乳や運動機能、言語の発達に困難をもたらします。特に乳児期には吸う力が弱い場合があり、これが授乳や成長に影響を与えることがあります。
医療的合併症
1p36欠失症候群の約半数の患者にはけいれん発作が見られ、その中には乳児痙攣も含まれます。これらの発作は迅速な治療が必要です。ほとんどの患者に脳の構造的な異常が見られ、特に脳室が拡大していることが一般的です。
先天性心疾患も患者の約70%に見られ、動脈管開存症や心室中隔欠損症が主な例です。一部の心疾患は自然に治ることもありますが、薬物療法や手術が必要になる場合もあります。
視覚や聴覚の問題も一般的で、約半数の患者が聴覚障害や滲出性中耳炎(耳に液体がたまる状態)を経験します。また、斜視(目が正しく整列しない状態)などの目の問題もよく見られます。骨格の異常、外性器の未発達、腎臓の異常や甲状腺機能低下症が見られる場合もあります。甲状腺ホルモンの定期的な検査は、診断時およびその後も毎年行うことが推奨されます。
管理とサポート
1p36欠失症候群の管理には、幅広い発達的および医療的な課題に対応するために、多職種による包括的なアプローチと定期的なフォローアップが必要です。この疾患における早期介入は、発達の可能性を最大限に引き出し、患者とその家族の生活の質を向上させるために極めて重要です。運動機能、認知能力、コミュニケーション、社会的スキルに焦点を当てた個別のリハビリテーションプログラムは非常に効果的であることが確認されています。特に言語発達が遅れている子どもには、手話が効果的なコミュニケーション手段となります。
この症候群でよく見られる症状のひとつであるけいれん発作は、通常、標準的な抗てんかん薬によって管理されます。また、乳児痙攣(特定の年齢で発生する発作の一種)には、副腎皮質ホルモン療法が効果を示すことが多いです。授乳の困難や成長に関する問題は特に乳児期に多く見られるため、これらの課題に対しては適切な管理とサポートが必要です。
発達療法として、言語療法や作業療法がコミュニケーション能力や運動スキルの向上に大きな役割を果たします。また、行動上の課題については、親子の関わりを深める親子相互療法が有効であり、前向きな行動を促し、親子関係を強化します。不眠症やADHD(注意欠陥多動性障害)などの関連症状には、医薬品治療が効果的で、これらの治療は患者の生活の質を向上させるだけでなく、介護者の負担軽減にもつながります。
これらの多岐にわたる介入を組み合わせることで、1p36欠失症候群を持つ人々の生活の質だけでなく、介護者の心身の健康も大幅に改善することが期待されます。個々の患者のニーズに応じたきめ細やかなアプローチが、この症候群の複雑な課題に対処する上で不可欠です。早期診断と一貫した的確な管理が、最善の結果を達成するための鍵となります。
将来の見通し
1p36欠失症候群の患者の長期的な予後を予測することは難しく、特に思春期や成人期に至るまでの経過を追跡した研究が非常に限られています。しかし、既存の報告によれば、行動の適応能力や社会的なやり取り、運動能力、コミュニケーション能力、言語理解能力といったいくつかの面で徐々に改善が見られることが示されています。これらの改善が見られる一方で、多くの患者は生涯にわたり医療的な支援と介護が必要で、部分的な自立を達成できるのはごく一部に限られています。
運動能力の遅れと改善の兆し
運動能力の発達は大幅に遅れる傾向があり、ある研究では患者のわずか26%が2歳から7歳の間に自力で歩けるようになるとされています。別の研究では、4歳を超えた子どものほぼ半数がまだ歩けないことが報告されています。しかし、成長とともに移動能力が向上する例もあり、ある調査では青年期から成人期にかけて80%の患者が短距離の歩行が可能になったとされています。
細かい運動能力、例えば服の着脱、歯磨き、手や顔を洗うといった動作も遅れることが多いです。一部の患者はこれらの作業を補助できるようになる場合もありますが、大多数は継続的な支援を必要とします。また、トイレトレーニングをある程度達成できるのは50%未満で、完全に自立できるのは少数にとどまります。
言語発達の遅れと進展
言語発達は特に大きな遅れが見られる分野です。約75%の患者は言葉を発することができず、17%が単語を単独で使える程度で、8%が2語の短いフレーズを話せるレベルです。しかし、言語能力も時間とともに改善する傾向があり、ある研究では青年期や成人期の44%の患者がより複雑な言葉を使えるようになったと報告されています。
もっと知りたい方へ
- 厚生労働省による1p36 欠失症候群データシート
- 厚生労働科学研究難治性疾患克服研究事業. 東京女子医科大学統合医科学研究所准教授 山本俊至. 1p36欠失症候群の研究と情報提供.
- 遺伝性疾患プラス. 1p36欠失症候群記事
- 【写真あり・英語】ユニーク(Unique)による1p36欠失症候群に関する情報 パンフレット&記事
引用文献
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