毛包単位切除(FUE)による発汗と皮脂分泌の制御:新たなアプローチ

汗タオル拭きふき

毛包単位切除(FUE)は、これまで主に植毛手術に用いられてきた技術ですが、近年、多汗症や皮脂分泌異常の治療法としても注目されています。本記事では、FUEの仕組みや、汗腺・皮脂腺除去への応用について、最新の研究を交えてわかりやすく解説します。



はじめに

人間の皮膚には、発汗を通じて体温調節を担う「エクリン汗腺(Eccrine Sweat Gland, ESG)」と、皮脂を分泌して皮膚を保護する「皮脂腺(Sebaceous Gland)」という二つの重要な腺が存在する。これらの腺は、健康な皮膚の維持に不可欠だが、その分泌量が異常に増加すると、さまざまな問題が生じる。例えば、エクリン汗腺の過剰な活動は「多汗症(Hyperhidrosis)」や「腋臭(Bromhidrosis)」の原因となる。一方、皮脂腺の過剰な皮脂分泌は「ニキビ(Acne vulgaris)」や「脂漏症(Seborrhea)」を引き起こし、さらには「男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia, AGA)」とも関連があるとされている。



これらの症状に対する治療法として、塗り薬や内服薬、ボツリヌストキシン(ボトックス)注射、レーザー治療などが一般的に用いられている。しかし、これらの方法は効果が一時的であり、継続的な治療が必要となることが多い。さらに、手術による治療も存在するが、体への負担が大きく、リスクを伴うこともある。

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最近の研究により、エクリン汗腺が「毛包脂腺単位(Pilosebaceous Unit, PSU)」と呼ばれる皮膚の構造と密接に関連していることが明らかになった。毛包脂腺単位とは、毛包(Hair Follicle)、皮脂腺、立毛筋(Arrector Pili Muscle)を含む構造である。エクリン汗腺がこの毛包脂腺単位と結びついているという発見は、新しい治療法の可能性を示唆している。

この発見をもとに、これまで主に植毛手術で使用されてきた「毛包単位切除(Follicular Unit Excision, FUE)」という技術を、多汗症や皮脂腺の異常分泌に対する治療法として応用する試みが始まっている。FUEは、発汗や皮脂分泌を制御するための持続的かつ低侵襲な(身体への負担が少ない)アプローチとして期待されている。

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FUEによる発汗と皮脂分泌の制御の解剖学的根拠

これまでエクリン汗腺は毛包脂腺単位とは異なる独立した構造と考えられてきた。その理由として、エクリン汗腺の汗は皮膚の表面に直接分泌されるのに対し、アポクリン汗腺(Apocrine Sweat Gland)は毛包を介して分泌されるという違いがある。しかし、最近の組織学的(顕微鏡を用いた解剖学的な)研究では、エクリン汗腺の分泌部分(コイル状になっている部分)が多くの場合、毛包脂腺単位に埋め込まれるような形で存在していることが判明した。つまり、エクリン汗腺は完全に独立した構造ではなく、毛包と密接な関係を持っている可能性があるということになる。



一方、皮脂腺は毛包と強く結びついた存在であり、すべての毛包単位に含まれている。皮脂腺は、皮脂と呼ばれる脂質を分泌することで、皮膚の潤いを保ち、外部からの刺激や細菌感染を防ぐ働きを持つ。しかし、皮脂の過剰分泌は、毛穴の詰まりや炎症を引き起こし、ニキビや脂漏症の原因となる。さらに、皮脂腺の過剰な発達は、男性型脱毛症にも関与している可能性が指摘されている。

このように、エクリン汗腺と皮脂腺はどちらも毛包と関係が深いため、FUEを用いることで、特定の毛包単位を除去し、それに伴って汗腺や皮脂腺を取り除くことが可能であると考えられている。

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FUE技術の概要と発汗・皮脂分泌制御への応用

FUEは、頭髪移植の際に使用される技術であり、微細なパンチ(直径1mm未満の器具)を用いて毛包単位を1つずつ採取する方法である。この技術は、従来の植毛手術に比べてドナー部位(毛髪を採取する部分)に大きな傷を残さず、回復が早いという特徴がある。

FUEの新たな応用として、発汗を制御する目的での使用が研究されている。2021年に実施された腋窩(脇の下)の多汗症に対するFUEのパイロット研究では、以下のような結果が得られた。



・脇の下の毛包単位の約70~75%を切除したところ、術後3か月および6か月の時点で発汗量が約80%減少した。
・腋臭に悩んでいた患者2名が、治療後に体臭の改善を報告した。

この研究は、FUEによる発汗制御の可能性を示すものであり、特に従来の多汗症治療が十分な効果を発揮しなかった患者に対する新しい選択肢となる可能性がある。さらに、皮脂腺の異常分泌に悩む患者に対しても、FUEによる皮脂腺の選択的な除去が有効であるかどうかを検討する価値がある。

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FUEの今後の可能性と課題

FUEによる発汗および皮脂分泌の制御には、大きな可能性があるが、実際の臨床応用にはいくつかの課題が残されている。

まず、多汗症の治療においては、FUEが腋窩以外の部位(手のひらや足の裏、顔面など)にも応用できるかどうかを検証する必要がある。部位ごとに汗腺の分布や構造が異なるため、FUEの適用範囲を広げるためには追加の研究が必要となる。



また、皮脂腺除去による長期的な皮膚への影響についても慎重に評価する必要がある。皮脂腺を除去することで皮膚の乾燥やバリア機能の低下が起こる可能性があるため、どの程度の除去が適切なのかを慎重に検討することが求められる。

今後、FUE技術のさらなる改良と臨床試験の実施により、発汗や皮脂分泌の異常に悩む患者にとって、より効果的で安全な治療法が確立されることが期待される。将来的には、FUEが「植毛」「多汗症治療」「皮脂腺制御」を兼ね備えた多機能な皮膚治療技術として発展する可能性もある。

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引用文献



キーワード

毛包単位切除, FUE, 多汗症, 発汗制御, 皮脂腺, 皮脂分泌異常, 植毛, アンドロゲン, エクリン汗腺, 皮脂腺過形成, ブロモヒドローシス, 男性型脱毛症, AGA



記事の監修者


監修医師

岡 博史 先生

CAPラボディレクター

慶應義塾大学 医学部 卒業

医学博士

皮膚科専門医

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