
この記事の概要
糖尿病の発症リスクに深く関わる「TCF7L2」という遺伝子をご存知でしょうか?最近の研究で、この遺伝子の特定のタイプを持つ人は糖尿病になりやすく、インスリンの分泌能力にも影響を受けることが分かりました。では、どのようにしてこの遺伝子が糖尿病リスクを高めるのでしょうか?また、この新しい発見が将来の糖尿病予防にどのように役立つ可能性があるのでしょうか?詳しく解説します。
背景|Background

2型糖尿病(Type 2 diabetes; T2D)は世界的に急速に増加しており、今後25年間で患者数は約2倍の3億2500万人に達すると予測されている。この増加の主な原因は、食生活や身体活動の減少といった生活習慣の変化が遺伝的要素と相互作用することにある。しかし、どのような遺伝的変異が一貫してT2Dに関連するかを特定するのは困難であった。近年の研究では、転写因子7様2(transcription factor-7–like 2; TCF7L2)という遺伝子の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms; SNPs)が、T2Dおよびインスリン分泌障害と強く関連することが明らかになった。TCF7L2遺伝子は、細胞の成長や代謝を調節するWntシグナル経路に関わり、βカテニン(β-catenin)と複合体を形成することで、血糖値に影響を与える重要なホルモン前駆体であるプログルカゴン(proglucagon)遺伝子の転写を促進する。

関連遺伝子&SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型)|Associated genes & SNPs

本研究では、TCF7L2遺伝子内の3つのSNP(rs7903146、rs12255372、rs10885406)に特に焦点を当てている。SNPとは、DNAの特定の位置における1つの塩基の違いを指す一般的な遺伝的変異である。その中でrs7903146とrs12255372は強い連鎖不平衡(linkage disequilibrium; D′ = 0.86)を示し、これらの遺伝子変異が共に遺伝されやすいことを意味する。実際にT2Dを発症した人では、rs7903146およびrs12255372のTアレル(T allele)の頻度が有意に高かった。また、rs10885406とrs7903146を組み合わせて解析すると、HapA、HapAB、HapBと呼ばれる異なる遺伝子型のグループ(haplotypes)が形成される。これらのハプロタイプは糖尿病リスクやインスリン分泌、糖代謝などの代謝機能に影響を与えることがわかっている。

研究方法|Methods

本研究では、スウェーデンのマルメ予防プロジェクト(Malmö Preventive Project; MPP、7,061名)とフィンランドのボトニア研究(Botnia study、2,651名)という2つの大規模な前向き研究の参加者を対象とした。参加者は遺伝子型を解析され(genotyped)、最大22年間追跡調査されて糖尿病の発症を確認した。総合的な代謝評価として、経口ブドウ糖負荷試験(oral glucose tolerance test; OGTT:糖摂取後の血糖応答を評価する検査)、静脈内ブドウ糖負荷試験(intravenous glucose tolerance test; IVGTT:静脈内に糖を注入した際のインスリンと血糖の応答を評価する検査)、インスリン分泌能力評価、インスリン感受性(インスリンに対する体の反応性)の評価、肝糖産生量(肝臓が産生する糖の量)の評価を行った。また、死後提供者の膵島(インスリンを分泌する細胞群)を糖尿病非罹患者19名と糖尿病罹患者7名から採取し、TCF7L2遺伝子の発現とインスリン分泌能力を解析した。さらに、遺伝子を細胞内に導入するアデノウイルスベクター(adenoviral vector)を用いて、人の膵島で実験的にTCF7L2遺伝子の発現を増加させ、その影響を調べた。
研究結果|Results

膵島における TCF7L2 発現とインスリンの共局在
ヒト膵島(黄色)(D)におけるRhodZin(赤)(B)とTCF7L2(緑)(C)の二重染色
SNP rs7903146のTアレル保有者は、両研究ともT2Dの発症リスクが有意に高かった(MPPでのオッズ比(Odds Ratio; OR)=1.58、ボトニア研究でのOR=1.61)。これは非保有者と比較して約60%高いリスクであることを示している。このTアレルは、インスリン分泌能力の低下、インスリノジェニックインデックス(インスリンの分泌能力を示す指標)の低下、インクレチン作用(腸管ホルモンによるインスリン分泌促進作用)の減弱、肝糖産生量の増加(肝臓による糖産生量の上昇)と関連していた。さらに、経口糖負荷試験(OGTT)およびアルギニン刺激試験(インスリン分泌能力評価法の一つ)におけるインスリン分泌量は、リスク遺伝子型保有者で低下していた。また糖尿病患者の膵島では、TCF7L2の発現が非糖尿病者に比べ5倍増加しており、特にTT遺伝子型(Tアレルを2つ保有する型)の保有者で顕著だった。実験的にTCF7L2を増加させると、ヒト膵島のインスリン分泌が同様に低下した。
考察:この研究から何が分かったのか?|Discussion

これらの結果から、TCF7L2遺伝子の変異、特にSNP rs7903146は、主にインスリン分泌能力の障害を通じてT2Dのリスクを強力に予測することが分かった。この障害は腸膵軸(enteroinsular axis; 腸と膵臓間の情報伝達経路)の乱れや、特にGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ペプチド)の作用変化と密接に関連していると考えられる。
さらに肝糖産生量の増加もリスク遺伝子型保有者の糖尿病リスクを高める要因である。膵島におけるTCF7L2の過剰発現が、インスリン分泌低下を直接引き起こすことが示唆された。今回の結果は、TCF7L2がインスリン分泌能力の低下にもかかわらず、インスリン遺伝子発現を代償的に増加させる複雑な役割を持つことを示している。
結論|Conclusion

TCF7L2の遺伝的変異、特にSNP rs7903146は、インスリン分泌障害、腸膵軸の乱れ、肝糖産生の増加などを通じてT2D発症を強力に予測する。膵島におけるTCF7L2の発現増加がインスリン分泌障害に直接関与しており、本遺伝子が糖尿病治療の新たな標的となる可能性がある。
キーワード|Keywords
2型糖尿病, Type 2 diabetes (T2D), TCF7L2遺伝子, TCF7L2 gene, 一塩基多型, Single Nucleotide Polymorphisms (SNPs), インスリン分泌, insulin secretion, 腸膵軸, enteroinsular axis, インクレチン作用, incretin effect, 肝糖産生, hepatic glucose production, 膵島, pancreatic islets, 遺伝的リスク, genetic risk, β細胞機能, β-cell function
引用文献|References
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