
この記事の概要
「身長は遺伝で決まる」とよく聞きますが、実際にどの遺伝子がどのように影響しているのでしょうか?本記事では、3万人以上のデータをもとに行われた大規模なゲノム解析により、成人の身長に関連する20の遺伝子変異(SNP)を特定した最新の研究結果を分かりやすく解説します。細胞の成長をつかさどる「ハリネズミシグナル」やがんにも関わる遺伝子など、さまざまな生物学的経路が関与していることが明らかになりました。遺伝が私たちの身体にどのような影響を及ぼしているのか、科学的な視点で読み解いていきましょう。
背景|Background

成人身長(adult height)は代表的な多遺伝子形質(polygenic trait)の一例であり、これは多数の遺伝子が少しずつ影響を及ぼしていることを意味しています。身長は遺伝学的研究に理想的な対象であり、正確かつ容易に測定可能で、集団内で観察される身長のばらつきの最大90%が遺伝的要素によって説明されます。この高い遺伝率(heritability)にも関わらず、家族内で遺伝子が共に受け継がれることを調べる連鎖解析(linkage study)や、特定の遺伝子が身長に関連すると仮説を立てて調べる候補遺伝子研究(candidate gene study)では、一般的な身長の差を生む具体的な遺伝子を特定することは難航していました。しかし、最近のゲノムワイド関連解析(Genome-Wide Association: GWA)により、ゲノム全体の数十万箇所におよぶ遺伝子変異を同時に調査することが可能となり、人間の成長と発達に関する新たな知見が得られています。
関連遺伝子&SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型)|Associated genes & SNPs

本研究では、最初にヨーロッパ系の13,665人を対象にゲノムワイド関連解析(GWA)を実施し、その後さらに16,482人を対象とした第2段階の解析を行いました。その結果、成人の身長と有意に関連する(偶然である確率が極めて低いことを示すP < 5 × 10⁻⁷)20の独立した一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism: SNP)が特定されました。このうち10個のSNPは特に強力な関連(P < 1 × 10⁻¹⁰)を示しました。これらのSNPに関連する遺伝子は、以下の重要な生物学的経路に関与しています。
- ハリネズミシグナル経路(Hedgehog signaling pathway): 発生生物学で重要な役割を担う経路であり、細胞の成長や分化、組織形成に関与しています(関連遺伝子: IHH(Indian hedgehog), HHIP(hedgehog interacting protein), PTCH1(patched homolog 1))。

- 細胞外マトリックス(extracellular matrix): 細胞の外側にある構造的ネットワークで、組織の物理的強度や細胞間のシグナル伝達に影響を及ぼします(関連遺伝子: EFEMP1, ADAMTSL3, ACAN)。

- がん関連遺伝子(cancer-associated genes): 細胞周期の調節や細胞の分化に関わる遺伝子であり、がんではしばしば異常が見られます(関連遺伝子: CDK6(cyclin-dependent kinase 6), HMGA2(high-mobility group AT-hook 2), DLEU7(deleted in lymphocytic leukemia 7))。

特に遺伝子発現に影響を与えることが確認されたSNPとしては以下があります。
- CDK6遺伝子内のrs2282978(CDK6の遺伝子発現に影響; P = 1 × 10⁻⁶)

- ANAPC13遺伝子付近のrs10935120(代理SNP rs1863913)(ANAPC13とCEP63の遺伝子発現に影響)

考察:この研究から何が分かったのか?|Discussion

この研究は、人間の身長が多数の遺伝的変異によって構成されることを再確認しました。各遺伝的変異の影響は小さく(各対立遺伝子ごとに約0.2〜0.6cm)、特定された20のSNPが説明する身長のばらつきは全体の約3%にとどまりました。これは、稀な遺伝的変異やコピー数多型(Copy Number Polymorphism: 特定の遺伝子のコピー数が異なる変異)を含む、多数の未発見の遺伝的要因が存在することを示唆しています。この結果は、量的形質(quantitative trait: 複数の遺伝子と環境要因に影響される形質)の遺伝的複雑さを示し、さらなる大規模な解析が必要であることを示しています。
研究方法|Methods

本研究は二段階の方法を採用しました。
- 第1段階(GWA): ヨーロッパ系の13,665人から得られた6つのゲノムワイド研究のデータを用いて、約50万箇所のSNPを同時に解析できるAffymetrix 500Kマイクロアレイチップを使用しました。解析精度を高めるため厳密な品質管理を行い、遺伝的背景による影響(population stratification)を補正する統計手法(EIGENSTRAT)を用いました。
- 第2段階(Follow-up): 第1段階で特定された39の候補SNPを対象に追加で16,482人の解析を行い、有意性(P < 0.005)を示したSNPを確認しました。
さらに、遺伝子間相互作用(gene-gene interaction)や性差、加齢の影響、遺伝子発現への影響を調査しました。
研究結果|Results

解析の結果、20のSNPが身長の差に関連すると特定されました。これらのSNPが説明する身長のばらつきは約3%で、多くの「高身長」対立遺伝子を持つ群とそうでない群の間には約5cmの差が認められました。遺伝子間の相互作用や年齢による違いは認められず、これらの変異は主に成長期のプロセスに影響すると考えられます。1つのSNP(rs6440003)は女性でやや強い影響を示しましたが、更なる検証が必要です。
結論|Conclusion

本研究では、13,665人のゲノムワイド関連解析(GWA)データと16,482人の追加解析データを統合することで、成人の身長に関与する20のゲノム領域(遺伝子座)を同定しました。これらの領域には、成長や細胞分化に重要な役割を果たす遺伝子が含まれており、ヒトの正常な成長過程を理解するうえで新たな手がかりを提供します。
同定されたSNPの多くは、細胞周期(cell cycle)、細胞外マトリックス(extracellular matrix)、ハリネズミシグナル経路(Hedgehog signaling)、染色体構造の再編成やクロマチン調節(chromatin remodeling)など、複数の生物学的機構と関係しており、一部の遺伝子はがんとも関連があります。これらの結果は、正常な身体発達と腫瘍形成との間に共通するメカニズムが存在する可能性を示唆しています。

また、これらの20のSNPは合わせて身長のばらつきの約3%しか説明できず、他にも多くの共通変異(common variants)や稀な変異(rare variants)、構造変異(structural variants)が、未だに発見されていないことが予想されます。これにより、ヒトの身長の遺伝的アーキテクチャ(genetic architecture)が非常に複雑であることが再認識されました。さらなる発見のためには、より大規模な研究集団と解析手法の高度化が必要です。
さらに、本研究は、既存の連鎖解析の結果と本GWA研究の結果との間に明確な重なりがないことから、GWAで検出される共通変異と、連鎖解析で見つかる高浸透率の稀な変異とは異なる遺伝的層を反映している可能性を示しています。

以上より、本研究は成人身長の遺伝的決定要因の一部を明らかにし、今後のヒト成長、生物学的発達、および関連する疾患研究に対して重要な出発点となる知見を提供しました。

キーワード|Keywords
成人身長, adult height, ゲノムワイド関連解析, genome-wide association analysis, 一塩基多型, single nucleotide polymorphism (SNP), 遺伝的変異, genetic variation, ハリネズミシグナル経路, Hedgehog signaling pathway, 細胞外マトリックス, extracellular matrix, がん関連遺伝子, cancer-associated genes, 遺伝率, heritability, 量的形質, quantitative traits, 遺伝子発現, gene expression, 統計的有意性, statistical significance, 遺伝子間相互作用, gene-gene interactions
引用文献|References
- Weedon, M. N., Lango, H., Lindgren, C. M., Wallace, C., Evans, D. M., Mangino, M., Freathy, R. M., Perry, J. R., Stevens, S., Hall, A. S., Samani, N. J., Shields, B., Prokopenko, I., Farrall, M., Dominiczak, A., Diabetes Genetics Initiative, Wellcome Trust Case Control Consortium, Johnson, T., Bergmann, S., Beckmann, J. S., … Frayling, T. M. (2008). Genome-wide association analysis identifies 20 loci that influence adult height. Nature genetics, 40(5), 575–583. https://doi.org/10.1038/ng.121
- The UniProt Consortium, Bateman, A., Martin, M.-J., Orchard, S., Magrane, M., Adesina, A., Ahmad, S., Bowler-Barnett, E. H., Bye-A-Jee, H., Carpentier, D., Denny, P., Fan, J., Garmiri, P., Gonzales, L. J. D. C., Hussein, A., Ignatchenko, A., Insana, G., Ishtiaq, R., Joshi, V., … Zhang, J. (2025). Uniprot: The universal protein knowledgebase in 2025. Nucleic Acids Research, 53(D1), D609–D617. https://doi.org/10.1093/nar/gkae1010
- Jumper, J., Evans, R., Pritzel, A., Green, T., Figurnov, M., Ronneberger, O., Tunyasuvunakool, K., Bates, R., Žídek, A., Potapenko, A., Bridgland, A., Meyer, C., Kohl, S. A. A., Ballard, A. J., Cowie, A., Romera-Paredes, B., Nikolov, S., Jain, R., Adler, J., … Hassabis, D. (2021). Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold. Nature, 596(7873), 583–589. https://doi.org/10.1038/s41586-021-03819-2
- Varadi, M., Bertoni, D., Magana, P., Paramval, U., Pidruchna, I., Radhakrishnan, M., Tsenkov, M., Nair, S., Mirdita, M., Yeo, J., Kovalevskiy, O., Tunyasuvunakool, K., Laydon, A., Žídek, A., Tomlinson, H., Hariharan, D., Abrahamson, J., Green, T., Jumper, J., … Velankar, S. (2024). AlphaFold Protein Structure Database in 2024: Providing structure coverage for over 214 million protein sequences. Nucleic Acids Research, 52(D1), D368–D375. https://doi.org/10.1093/nar/gkad1011
- Perez, G., Barber, G. P., Benet-Pages, A., Casper, J., Clawson, H., Diekhans, M., Fischer, C., Gonzalez, J. N., Hinrichs, A. S., Lee, C. M., Nassar, L. R., Raney, B. J., Speir, M. L., van Baren, M. J., Vaske, C. J., Haussler, D., Kent, W. J., & Haeussler, M. (2025). The UCSC Genome Browser database: 2025 update. Nucleic acids research, 53(D1), D1243–D1249. https://doi.org/10.1093/nar/gkae974
- Harrison, P. W., Amode, M. R., Austine-Orimoloye, O., Azov, A. G., Barba, M., Barnes, I., Becker, A., Bennett, R., Berry, A., Bhai, J., Bhurji, S. K., Boddu, S., Branco Lins, P. R., Brooks, L., Ramaraju, S. B., Campbell, L. I., Martinez, M. C., Charkhchi, M., Chougule, K., … Yates, A. D. (2024). Ensembl 2024. Nucleic Acids Research, 52(D1), D891–D899. https://doi.org/10.1093/nar/gkad1049