がんのリスクは遺伝子で決まる?複数のがんと関連する“rs6983267”とは

Posted on 2025年 4月 4日 前立腺

この記事の概要

最近の研究で、「rs6983267」というちょっと変わった名前の遺伝子の変異が、前立腺がんや結腸がん、さらに腎臓や喉、甲状腺など、複数のがんのリスクと関係していることがわかってきました。遺伝子ががんのなりやすさにどう関わっているのか、そして家族にがん患者がいるとどう変わるのか――専門的な研究結果を、わかりやすく解説します。

背景|Background

近年、ゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome-Wide Association Studies)によって、乳がん、前立腺がん、大腸がんなどの発がん感受性に関連する複数の染色体領域が明らかにされてきました。これらの領域は、がん発症リスクを高める共通の遺伝的変異(リスクアレル)を含んでおり、その多くは特定のがん種に特異的な関連を示すことが知られています。

rs6983267

しかし、例外的に複数のがん種と関連する可能性が指摘されている領域があります。それが染色体8番長腕の8q24領域であり、ここに位置する一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)であるrs6983267は、前立腺がんおよび大腸がんの両方と独立に関連していることが報告されています。このような複数のがん種に関与するSNPは、「多臓器感受性マーカー」としての可能性があり、注目されています。

chromo8

この可能性をさらに検討するため、本研究ではポーランド人集団において、11種類の代表的ながんに罹患した7,665人の患者および1,910人の対照者(がん既往のない者)を対象に、rs6983267のジェノタイピング(遺伝子型判定)を実施しました。ポーランドは遺伝的均質性が高く、BRCA1NBS1CHEK2といったがん関連遺伝子における創始者変異(founder mutation)が特定されていることから、関連解析に適した集団とされています。

関連遺伝子&SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型)|Associated genes & SNPs

本研究で焦点を当てたrs6983267は、染色体8q24.21に位置するSNPであり、がんの領域増幅(gene amplification)がしばしば認められる「遺伝子密度の低い(gene-poor)」領域に存在しています。この領域は約19キロ塩基(kb)の長さを持ち、強い連鎖不平衡(LD:Linkage Disequilibrium)状態にあり、近接するSNPが一緒に遺伝されやすい特徴を持っています。

Putative POU domain, class 5, transcription factor 1B

rs6983267の近傍には、機能不明の疑似遺伝子であるPOU5F1P1と、細胞の増殖や腫瘍化に深く関わる既知の癌原遺伝子(oncogene)MYCが存在します。MYCは多くのがんで過剰発現あるいは増幅が確認されている重要な遺伝子ですが、これまでの研究ではrs6983267の遺伝子型とMYCPOU5F1P1の発現レベルとの間に直接的な相関関係は認められていません。

しかし、大腸がん組織ではrs6983267座位における対立遺伝子の不均衡(allelic imbalance)が確認されており、腫瘍内ではリスクアレルであるGアレルが選択的に保持される傾向が示されています。これは、同領域が体細胞変異によるがん進展におけるターゲットである可能性を示唆しており、rs6983267は直接的な原因変異ではないにせよ、実際の疾患原因となる変異と連鎖している可能性があります。また、この領域はがんにおいて染色体再構成(chromosomal rearrangement)が頻発することから、rs6983267が染色体不安定性(chromosomal instability)を促す脆弱部位(fragile site)を示している可能性も考えられます。

Myc proto-oncogene protein

考察:この研究から何が分かったのか?|Discussion

本研究は、rs6983267が前立腺がん(ホモ接合型におけるオッズ比[OR]1.8)および大腸がん(同 OR = 1.4)の感受性マーカーであることを、これまでの報告と同様に確認しました。これらのOR値は、他の民族集団における研究と一致しており、このSNPの効果が人種を超えて一貫していることを示しています。

がん

さらに、rs6983267は腎がん(OR = 1.52)、甲状腺がん(OR = 1.37)、喉頭がん(OR = 1.39)とも有意に関連しており、このSNPが影響を及ぼす可能性のあるがん種が従来よりも広範であることが示唆されました。これら3つのがんについては、症例数が少なかったため統計的有意性は限界的でしたが、有意傾向は確認されました。他のがん種(乳がん、卵巣がん、膀胱がん、胃がん、肺がん、皮膚がん)では統計的な有意性は確認されませんでしたが、ホモ接合体におけるORはいずれも1.0を上回っており、弱い影響が存在する可能性は否定できません。

特に注目すべきは、家族歴との関連性です。8つのがん種について家族歴の情報が利用可能であり、そのうち6種(前立腺、乳房、膀胱、喉頭、肺、皮膚)がんでは、第一度近親者にがん患者がいるケースでホモ接合体のORが高くなる傾向が確認されました。喫煙と関連の深いがん(膀胱がん、喉頭がん、肺がん)においては、この差が特に顕著でした。たとえば、膀胱がんでは家族歴ありのホモ接合体ORが1.89であったのに対し、家族歴なしでは0.86にとどまりました。

りぼん

また、前立腺がんの症例(n = 993)において、腫瘍の悪性度を示すグリーソンスコア(Gleason Score)別に解析を行った結果、高悪性度(スコア8以上)の腫瘍でGアレルのORは1.71と、低〜中等度(スコア7以下)の腫瘍(OR = 1.32)より高い傾向が見られました。ただし、この差は統計的に有意とは言えませんでした。

これらの結果は、rs6983267が多臓器における発がん感受性に関与する可能性があることを裏付けています。このSNPの役割は、染色体不安定性の促進、あるいは遠位遺伝子の発現制御など、広汎な分子メカニズムを通じたものかもしれません。

研究方法|Methods

本研究では、ポーランド人集団から収集した11種類のがんに罹患した7,665人の患者と、がん既往のない1,910人の対照者を対象にrs6983267の遺伝子型を解析しました。がん患者の選定は年齢や家族歴によらず、全国の病院から幅広く収集されました。すべての参加者は文書によるインフォームド・コンセントを提供し、本研究はポメラニア医科大学の倫理審査委員会の承認を受けています。

がん症例の内訳と平均年齢は以下のとおりです:

  • 前立腺がん:1,885例(平均年齢 67.4歳)
  • 乳がん:1,006例(56.4歳)
  • 卵巣がん:618例(54.4歳)
  • 結腸がん:779例(63.4歳)
  • 腎がん:465例(57.5歳)
  • 膀胱がん:303例(62.6歳)
  • 喉頭がん:400例(48.4歳)
  • 肺がん:738例(61.4歳)
  • 悪性黒色腫(皮膚がん):498例(53.4歳)
  • 胃がん:488例(58.5歳)
  • 甲状腺がん:485例(48.4歳)

対照群は2つの異なる集団から構成されており、いずれもがん既往を持たず、家族歴情報も収集されました。DNAは末梢血(5〜10 cc)から抽出し、制限酵素断片長多型法(RFLP-PCR)を用いてrs6983267の遺伝子型を解析しました。使用したプライマーと制限酵素(NmuCI)は信頼性が確認されており、無作為抽出されたサンプルの再解析により99.5〜100%の一致率が得られました。

白衣

統計解析には2×2の分割表に基づくオッズ比の算出を行い、フィッシャーの正確確率検定で統計的有意性を判定しました(P値<0.05)。多重検定補正は行っていません。

研究結果|Results

rs6983267のGアレルは、以下の5つのがん種で有意に高いオッズ比を示しました:

  • 前立腺がん:OR = 1.43(P = 10⁻⁹)
  • 結腸がん:OR = 1.13(P = 0.01)
  • 腎がん:OR = 1.43(P = 0.007)
  • 甲状腺がん:OR = 1.27(P = 0.04)
  • 喉頭がん:OR = 1.23(P = 0.04)
おなか

胃がんを除くすべてのがん種で、Gアレルのホモ接合体におけるORがヘテロ接合体よりも高くなっていました。その他のがん種(乳がん、卵巣がん、膀胱がん、胃がん、肺がん、悪性黒色腫)においても、ホモ接合体のORは1.0を上回っていましたが、統計的な有意性は認められませんでした。

家族歴の影響に関する解析では、6つのがん種(前立腺、乳房、膀胱、喉頭、肺、皮膚)において、第一度近親者にがん歴のある症例では、rs6983267ホモ接合体のORが明らかに高い傾向を示しました。特に喫煙関連がんでは差が大きく、たとえば膀胱がんでは家族歴ありでのORが1.89、家族歴なしでのORが0.86でした。

家族

結論|Conclusion

本研究は、rs6983267が複数のがん種に対する感受性マーカーであることを強く示唆する結果を示しました。前立腺および結腸がんに加え、腎がん、甲状腺がん、喉頭がんとの有意な関連性が明らかになりました。各がん種での個々のリスク増加は中等度ではあるものの、このSNPのリスクアレル(Gアレル)の保有頻度が高いこと(ポーランド集団で約48%)から、全体としての公衆衛生上の影響は無視できません。

はーと

非コード領域に位置するにもかかわらず、rs6983267は腫瘍生物学上重要なMYC遺伝子近傍に存在し、また染色体8qにおける再構成が多くのがんで観察されることから、このSNPが染色体不安定性の指標または調節因子である可能性があります。家族歴との相互作用も考慮すると、rs6983267は一般的ながんリスクを示す有用なマーカーとなる可能性があり、今後の機能的解析が期待されます。

キーワード|Keywords

rs6983267, 8q24, 癌感受性(cancer susceptibility), 前立腺がん(prostate cancer), 結腸がん(colon cancer), 腎臓がん(kidney cancer), 甲状腺がん(thyroid cancer), 喉頭がん(laryngeal cancer), ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study), 一塩基多型(SNP, single nucleotide polymorphism), 家族性がん(familial cancer), 染色体不安定性(chromosomal instability)

ゆびゆび

引用文献|References