
この記事の概要
「たくさん食べていないのに太りやすい」「ダイエットしてもすぐリバウンドする」——そんな経験、ありませんか?実はその背景には、あなたの遺伝子が関係しているかもしれません。最新の研究では、FTO遺伝子にある特定の変異が、子どもの頃から体重や脂肪の増加に影響を与えることがわかってきました。この記事では、世界中の研究から見えてきた「遺伝子と肥満」の深いつながりを、専門知識がなくても理解できるよう、やさしく解説します。未来のダイエット戦略や予防医療のヒントも見えてくるかもしれません。
背景|Background
肥満は世界的な健康危機であり、2型糖尿病(type 2 diabetes mellitus)や心血管疾患(cardiovascular disease)、高血圧(hypertension)、脳卒中(stroke)、メタボリックシンドローム(metabolic syndrome)、さらに複数のがん(たとえば大腸がん、乳がん、子宮内膜がん)を含む多くの慢性疾患のリスクを著しく高めます。

肥満は通常、「体格指数(BMI:Body Mass Index)」によって定量化され、体重(kg)を身長(m)の二乗で割ることで算出されます。BMIが25 kg/m²以上の場合は過体重(overweight)、30 kg/m²以上は肥満(obesity)と分類され、これらの指標は疫学研究において広く用いられています。2003〜2004年の米国データによると、人口の約66%がBMI 25以上であり、そのうち32%が肥満の基準を満たしていました。
高カロリーな食生活や身体活動の不足といったライフスタイル要因が肥満の主因とされていますが、遺伝的素因(genetic predisposition)も個人の肥満リスクに重要な役割を果たしています。一卵性・二卵性双生児研究(twin studies)や養子縁組研究(adoption studies)では、体重調節に関する強い遺伝的影響が示されています。
しかし、これまでに実施されてきた候補遺伝子研究(candidate gene studies)や全ゲノム関連解析(GWAS:genome-wide association studies)では、一般集団における肥満と確実に関連する遺伝子多型の特定は困難でした。単一遺伝子の変異によって起こるモノジェニック肥満(monogenic obesity)は、小児期の重度かつ早期発症型肥満の約7%を占めますが、これは全人口の0.01%未満という極めて稀なケースです。
たとえばGAD2(神経伝達物質関連)、ENPP1(インスリンシグナルに関与)、INSIG2(脂質代謝関連)などの遺伝子において一部有望な関連が報告されましたが、多くの研究で再現性がなく、結果の信頼性には限界がありました。

このことから、複数の遺伝子が小さな影響を及ぼす多因子性肥満(polygenic obesity)の遺伝的構造(genetic architecture)は極めて複雑であると考えられています。そうした背景のなか、Wellcome Trust Case Control Consortium(WTCCC)の研究により、FTO遺伝子(fat mass and obesity-associated gene)にある一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)がBMIおよび2型糖尿病のリスクに強く関連していることが明らかとなり、両者が共通の病因経路(etiological pathway)を共有している可能性が示唆されました。
関連遺伝子&SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型)|Associated genes & SNPs
FTO遺伝子(fat mass and obesity-associated gene)は染色体16q12.2に位置し、肥満リスクと強く関連する主要な遺伝子として注目されています。この遺伝子は核酸脱メチル化(nucleic acid demethylation)に関与する酵素をコードしており、エピジェネティクス(epigenetics)—すなわちDNA配列を変えずに遺伝子発現を制御する仕組み—において重要な役割を果たすとされています。

なかでも、rs9939609というSNPはイントロン1(intron 1)内に位置し、BMIの上昇および2型糖尿病のリスクと有意に関連していることが示されています。イントロンはタンパク質に翻訳されない非コード領域ですが、エンハンサー(enhancer)やスプライシング制御領域などの調節配列を含むことがあり、遺伝子発現に大きく関わる可能性があります。
このSNPは、FTO遺伝子のイントロン1からエクソン2にまたがる47キロベース(kb)の領域内に存在する10個の強く連鎖したSNP群(linkage disequilibrium block)の一部であり、r²値(0.52〜1.0)が高いことから、これらのSNPは互いに共遺伝しやすい状態にあります。中でもrs9939609は遺伝子型判定成功率(genotyping success rate)が100%と最も高く、研究対象として有用です。

HapMapプロジェクト(国際的なヒト遺伝的多様性マップ)によれば、rs9939609のAアレル(リスクアレル)の頻度は、ヨーロッパ系(CEPH)で45%、ナイジェリア系(Yoruban)で52%、一方で東アジア系(中国人および日本人)では14%と、集団によって大きく異なります。

重度肥満(BMI > 40 kg/m²)の個体を対象としたシークエンシング研究では、FTO遺伝子内に機能的なコーディング変異(functional coding variants)は確認されておらず、変異の影響は遺伝子制御領域(regulatory variants)によるものである可能性が高いと考えられます。FTOの近傍にはKIAA1005遺伝子(別名RPGRIP1L)が逆方向に転写されており、この遺伝子がFTO領域の調節作用によって影響を受けている可能性も検討されていますが、明確な機序はまだ確定していません。
考察:この研究から何が分かったのか?|Discussion
本研究は、rs9939609のAアレルがBMIおよび肥満リスクに寄与しているという一貫性のある再現可能な証拠を示しています。この関連は7歳頃から検出可能であり、生涯にわたって体脂肪量(adiposity)に影響を及ぼすことが明らかとなりました。

FTOの効果は加算的(additive)であり、Aアレルを1コピー持つごとにBMIが段階的に上昇します。FTOと2型糖尿病との関連はBMIを介して媒介されるものであり、脂肪蓄積こそが糖尿病発症の中心的な要因であることが強調されます。
身体計測(anthropometry)およびデュアルエネルギーX線吸収法(DEXA:dual-energy X-ray absorptiometry)による解析の結果、Aアレルにより増加するのは主に脂肪量(fat mass)であり、除脂肪量(lean mass)や身長(height)、骨密度(bone density)には大きな影響は見られませんでした。

また、集団構造(population stratification)による交絡がないよう厳密に管理されており、分析対象はすべて白人ヨーロッパ系集団とし、地域差や遺伝的背景の偏りを主成分分析(principal component analysis)や居住地によって補正しています。
正確な機能的変異(functional variant)や分子機構(biological mechanism)は未解明ですが、FTO領域は今後のメカニズム研究(functional studies)における重要な標的とされており、遺伝子ノックアウトマウスや過剰発現モデルを用いた研究により、肥満との分子的な結びつきが明らかになることが期待されます。
研究方法|Methods
本研究の発見フェーズでは、英国のWellcome Trust Case Control Consortium(WTCCC)によって全ゲノム関連解析(GWAS:genome-wide association study)が実施されました。この解析では、英国の2型糖尿病患者1924名および対照群2938名を対象に、計490,032個の一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)を検討しました。

発見結果を確認するため、3757名の2型糖尿病患者および5346名の対照者を対象にした追試(replication study)が行われました。その後の集団ベースの解析では、年齢28〜74歳、平均BMIが22.7〜27.2である欧州成人7コホート(合計19,424名)と、年齢7〜14歳、平均BMIが16.1〜19.2の小児2コホート(合計10,172名)が分析対象となりました。
遺伝子型判定は、FTO遺伝子内のrs9939609を中心に行われ、統計解析には加算モデル(additive model)が用いられました。各コホートでのBMI値を標準化するため、Zスコア変換が実施され、これにより異なる年齢層や測定基準の違いを調整しています。全体の効果推定には、逆分散加重メタアナリシス(inverse variance meta-analysis)およびMantel-Haenszel法が用いられました。

身体的評価には、BMIに加え、ウエスト周囲長(waist circumference)、皮下脂肪厚(skinfold thickness)、およびDEXA(dual-energy X-ray absorptiometry)による脂肪量および除脂肪量の測定が含まれています。多重比較による偽陽性を防ぐためにBonferroni補正が施され、異質性(heterogeneity)の検出にはI²統計量が使用されました(I² = 0%は異質性がないことを示す)。
また、FTO遺伝子の影響がどの時点から現れるかを調べるために、英国のAvon Longitudinal Study of Parents and Children(ALSPAC;対象者7477名)およびフィンランドのNorthern Finland 1966 Birth Cohort(NFBC1966;対象者4320名)の2つの出生コホートが用いられ、出生時体重、BMIの経時的変化、および肥満の有無を追跡しました。
研究結果|Results
すべての成人コホートにおいて、rs9939609のAアレルは一貫してBMIの増加と関連していました。Aアレル1コピーあたりのBMI増加量は0.34〜0.46 kg/m²であり、統合平均は約0.4 kg/m²(Zスコア = 0.10、95%信頼区間:0.08〜0.12、P値 = 2 × 10⁻²⁰)でした。AA型(Aアレルのホモ接合体)の割合は約16%であり、TT型(非リスク型)と比較して体重が平均で約3 kg重く、肥満のオッズ比(OR)は1.67倍でした。

メタアナリシスでは、1アレルあたりの肥満リスクのオッズ比は1.31(95%CI:1.23–1.39、P = 6 × 10⁻¹⁶)、過体重(overweight)のリスクは1.18(95%CI:1.13–1.24、P = 1 × 10⁻¹²)となりました。初期の症例対照データを含めると、肥満のORは1.32(P = 3 × 10⁻²⁶)、過体重は1.18(P = 2 × 10⁻¹⁷)と、さらに有意性が高まりました。
小児においても、Aアレルは7歳時点ですでにBMIの増加と関連しており、その時点でのZスコアは0.08(P = 3 × 10⁻⁵)、11歳時点では0.12(P = 7 × 10⁻⁹)であり、いずれも約0.4 kg/m²に相当します。11歳時の肥満リスクのORは1.35(95%CI:1.14–1.61、P = 6 × 10⁻⁴)、過体重のORは1.27(95%CI:1.16–1.39、P = 2 × 10⁻⁷)でした。フィンランドのコホートにおいては、14歳時点でのBMI増加はやや小さいものの、Zスコア0.05(P = 0.04)と統計的に有意でした。

追加の身体計測データでは、Aアレルは体重(Zスコア = 0.09、P = 4 × 10⁻¹⁷)、ウエスト周囲長(Zスコア = 0.08、P = 4 × 10⁻⁹)、皮下脂肪厚(Zスコア = 0.11、P = 2 × 10⁻⁵)の増加と有意に関連していました。さらに、小児におけるDEXA解析では、体重増加が主に脂肪量の増加によるものであることが確認されました(脂肪量のZスコア増加:+0.12、P = 6 × 10⁻¹⁰)。除脂肪量の増加はわずか(+0.04、P = 0.03)でした。
結論|Conclusion

本研究は、FTO遺伝子内の一般的な遺伝的変異であるrs9939609が、小児期から高齢期にわたるBMIおよび肥満リスクに有意な影響を与えることを明確に示しています。このSNPの影響は主に脂肪量の増加を通じて現れ、身長や筋肉量の増加とは無関係であることが確認されました。
この遺伝的変異はBMI全体のばらつきの約1%を説明し、肥満に関する集団寄与リスク(population-attributable risk)は20.4%と算出されています。これは、公衆衛生レベルでも無視できない影響であると考えられます。
未だその正確な分子メカニズムは不明ですが、FTO領域には脂肪蓄積に影響を与える可能性のある調節的遺伝子変異(regulatory variants)が存在するとみられています。今後の研究では、遺伝子発現解析、調節エレメントのマッピング、動物モデルを用いた機能解析などが極めて重要となり、将来的には肥満の標的型介入法の開発につながる可能性があります。
キーワード|Keywords
肥満, 体格指数(BMI), 一塩基多型, FTO遺伝子, rs9939609, 小児肥満, 成人肥満, 遺伝的多型, メタアナリシス, デキサスキャン, 遺伝子関連研究, obesity, body mass index (BMI), single nucleotide polymorphism, FTO gene, rs9939609, childhood obesity, adult obesity, genetic polymorphism, meta-analysis, DEXA scan, genetic association study

引用文献|References
- Frayling, T. M., Timpson, N. J., Weedon, M. N., Zeggini, E., Freathy, R. M., Lindgren, C. M., Perry, J. R., Elliott, K. S., Lango, H., Rayner, N. W., Shields, B., Harries, L. W., Barrett, J. C., Ellard, S., Groves, C. J., Knight, B., Patch, A. M., Ness, A. R., Ebrahim, S., Lawlor, D. A., … McCarthy, M. I. (2007). A common variant in the FTO gene is associated with body mass index and predisposes to childhood and adult obesity. Science (New York, N.Y.), 316(5826), 889–894. https://doi.org/10.1126/science.1141634
- The UniProt Consortium, Bateman, A., Martin, M.-J., Orchard, S., Magrane, M., Adesina, A., Ahmad, S., Bowler-Barnett, E. H., Bye-A-Jee, H., Carpentier, D., Denny, P., Fan, J., Garmiri, P., Gonzales, L. J. D. C., Hussein, A., Ignatchenko, A., Insana, G., Ishtiaq, R., Joshi, V., … Zhang, J. (2025). Uniprot: The universal protein knowledgebase in 2025. Nucleic Acids Research, 53(D1), D609–D617. https://doi.org/10.1093/nar/gkae1010
- Jumper, J., Evans, R., Pritzel, A., Green, T., Figurnov, M., Ronneberger, O., Tunyasuvunakool, K., Bates, R., Žídek, A., Potapenko, A., Bridgland, A., Meyer, C., Kohl, S. A. A., Ballard, A. J., Cowie, A., Romera-Paredes, B., Nikolov, S., Jain, R., Adler, J., … Hassabis, D. (2021). Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold. Nature, 596(7873), 583–589. https://doi.org/10.1038/s41586-021-03819-2
- Varadi, M., Bertoni, D., Magana, P., Paramval, U., Pidruchna, I., Radhakrishnan, M., Tsenkov, M., Nair, S., Mirdita, M., Yeo, J., Kovalevskiy, O., Tunyasuvunakool, K., Laydon, A., Žídek, A., Tomlinson, H., Hariharan, D., Abrahamson, J., Green, T., Jumper, J., … Velankar, S. (2024). AlphaFold Protein Structure Database in 2024: Providing structure coverage for over 214 million protein sequences. Nucleic Acids Research, 52(D1), D368–D375. https://doi.org/10.1093/nar/gkad1011
- Cheng, J., Novati, G., Pan, J., Bycroft, C., Žemgulytė, A., Applebaum, T., Pritzel, A., Wong, L. H., Zielinski, M., Sargeant, T., Schneider, R. G., Senior, A. W., Jumper, J., Hassabis, D., Kohli, P., & Avsec, Ž. (2023). Accurate proteome-wide missense variant effect prediction with AlphaMissense. Science, 381(6664), eadg7492. https://doi.org/10.1126/science.adg7492
- Perez, G., Barber, G. P., Benet-Pages, A., Casper, J., Clawson, H., Diekhans, M., Fischer, C., Gonzalez, J. N., Hinrichs, A. S., Lee, C. M., Nassar, L. R., Raney, B. J., Speir, M. L., van Baren, M. J., Vaske, C. J., Haussler, D., Kent, W. J., & Haeussler, M. (2025). The UCSC Genome Browser database: 2025 update. Nucleic acids research, 53(D1), D1243–D1249. https://doi.org/10.1093/nar/gkae974
- Harrison, P. W., Amode, M. R., Austine-Orimoloye, O., Azov, A. G., Barba, M., Barnes, I., Becker, A., Bennett, R., Berry, A., Bhai, J., Bhurji, S. K., Boddu, S., Branco Lins, P. R., Brooks, L., Ramaraju, S. B., Campbell, L. I., Martinez, M. C., Charkhchi, M., Chougule, K., … Yates, A. D. (2024). Ensembl 2024. Nucleic Acids Research, 52(D1), D891–D899. https://doi.org/10.1093/nar/gkad1049