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医学的な誤解と皮膚の色素性病変:広く信じられている「ほくろ神話」の科学的検証
医学の歴史は、誤解や迷信が事実のように語られ、長い間信じられてきた例に満ちています。特に皮膚科領域、とりわけ色素性皮膚病変(pigmented skin lesions)、つまり「ほくろ」や「母斑(melanocytic nevi)」に関する神話や誤解は根強く、多くの患者や医療従事者さえも信じている場合があります。
本稿では、皮膚の色素性病変に関する代表的な7つの誤解を取り上げ、それぞれについてその起源と、なぜそれが誤りであるのかを、科学的証拠をもとに詳しく解説します。なお、このレビューの一部は、2015年2月15日から3月15日にかけてイタリアの女性向け健康ウェブサイト「VediamociChiara.it」で実施されたオンラインアンケート(対象:成人女性1,024人)の結果をもとに構成されています。

ほくろを切除すると危険なのか?
「ほくろを取るとがんになる」といった不安は、多くの人々の間で根強く存在しています。実際、上記のアンケートでは、82%の女性が「ほくろの切除は危険である」と回答しました。
この誤解の背景には、進行したメラノーマ(melanoma:皮膚がんの一種)の切除後に急激に転移(metastasis)が進行する症例があることが考えられます。このような症例を見ると、患者や家族は「切除が原因で悪化した」と感じてしまうかもしれません。
しかし、現代の研究によって、メラノーマは免疫原性腫瘍(immunogenic tumor)であり、体の免疫系(immune system)がある程度その増殖を抑えていることが分かっています。進行した腫瘍を切除することでこの免疫的なバランスが崩れ、結果的にがん細胞が全身に広がる場合があるという仮説もあります。
とはいえ、重要な事実として、手術前の時点でその腫瘍はすでに悪性であったという点に変わりはありません。つまり、手術ががんの原因となったわけではなく、すでにがんだったものが、その後に進行しただけなのです。
したがって、良性の母斑(benign nevus)を切除することでがんが発生したり、悪化することはないと結論づけられています。

ほくろを傷つけるとがんになるのか?
「ほくろをひっかいたり、カミソリで傷つけたりするとがんになるのでは?」という不安も非常に多く聞かれます。アンケートでは、32%の女性が「ほくろの外傷は心配だ」と回答しました。
たしかに、外傷によってほくろが赤くなったり、出血したり、形が変わると、患者は不安になりますし、医師にとっても診断が難しくなることがあります。とくに「再発母斑(recurrent nevus)」は、外傷や不完全な切除後に再び出現する母斑であり、外見や組織学的にメラノーマと区別がつきにくいことがあります。
歴史的には、1913年にGaskill医師が「不快な靴による足裏の圧迫がメラノーマの原因となる可能性がある」と報告しましたが、その後の科学的研究はこの仮説を否定しています。ハムスターや魚類のモデルを用いた実験、また人間の大規模調査においても、「外傷によってほくろががん化した」とする証拠は見つかっていません。
ただし例外的に、爪の下にできる特殊なメラノーマ(nail apparatus melanoma:NAM)では、外傷が予後(prognosis)に悪影響を与える可能性があることが示されています。Bormannらの研究では、腫瘍部位への外傷が死亡リスクを約5倍に高めると報告されました。とはいえ、これも外傷が「がんを引き起こす」わけではなく、「すでに存在していたがんを悪化させた」可能性があるということです。
結論としては、「ほくろを傷つけたからといって、それが直接メラノーマの原因になることはない」と言えます。

足の裏のほくろは特に危険なのか?
多くの人が「足の裏や手のひらのほくろは特に悪性化しやすい」と考えています。アンケートでも20%の女性が、最も不安な部位として「手や足」を挙げました。
この考え方は、かつて広く信じられていた「手のひらや足の裏のほくろは予防的に切除すべきだ」という医療方針に基づいています。しかし、この方針の根拠であった2つの前提――(1) メラノーマは既存のほくろから発生する、(2) 摩擦などの外傷が原因になる――は、どちらも近年否定されています。
1960年、Wilsonらは、足底部のほくろの頻度と、そこに発生するメラノーマの頻度に逆相関があることを発見しました。さらに、Nagoreらの大規模研究では、ほかのメラノーマと比べて、足裏にできるアクロー型メラノーマ(acral melanoma)は、ほくろから発生する割合が非常に低い(8.3%)ことが示されました。
加えて、遺伝子的にもアクロー型はBRAF遺伝子変異(BRAF mutation)の頻度が低く、他のタイプのメラノーマとは発生機序が異なる可能性があるとされています。
したがって、足の裏のほくろが特別に危険であるという科学的根拠はありません。適切な観察が推奨されるだけで、予防的に切除する必要はありません。

ほくろにだけ日焼け止めを塗れば良いのか?
紫外線(ultraviolet radiation:UVR)が皮膚がんのリスク要因であることは広く知られていますが、その知識が誤った行動に繋がる場合もあります。その一例が、「ほくろの部分だけに日焼け止めを塗る」という習慣です。アンケートでは11%の女性が、このような「選択的な塗布(selective sunscreen application)」をしていると回答しました。
これは、「紫外線によってほくろががん化する」と誤解しているためですが、実際にはメラノーマの大半(約70~90%)は、既存のほくろからではなく、正常な皮膚から新たに(de novo)発生します。
さらに、Zhaoらの研究では、紫外線によってDNA損傷(UV-induced photoproducts)が起こる部位は、ほくろよりも周囲の正常皮膚のほうが3~5倍多いことが示されています。
つまり、ほくろだけに日焼け止めを塗っても、皮膚がん予防にはなりません。顔や腕など露出する部位すべてに、適切な量と頻度で日焼け止めを使用することが重要です。

メラノーマの診断で部分的な生検は危険なのか?
皮膚病変の一部だけを切り取って行う部分生検(partial biopsy)は、「がん細胞を刺激して転移を促す」と信じる人も少なくありません。しかしこの考え方は、複数の大規模研究によって否定されています。
メラノーマが疑われる場合、理想的には病変全体を切除して調べる「全切除生検(excisional biopsy)」が望ましいですが、顔や爪の下などの部位では部分生検が現実的な選択肢です。
過去には、部分生検が予後に悪影響を及ぼすとする報告もありましたが、それらは腫瘍の厚み(Breslow thickness)という最重要因子が未評価であった点に注意が必要です。2005年の2,164人を対象とした無作為化前向き研究では、部分生検、シェービング生検、全切除生検の間で、再発率や生存率に有意な差は認められませんでした。
部分生検が診断に多少の制約を与える可能性はありますが、それが直接患者の生存に悪影響を及ぼすという証拠はありません。

ほくろはメラノーマに変わるのか?
「ほくろはがん化する可能性がある」とよく言われますが、実際には、メラノーマの多くは正常な皮膚から直接発生し、既存のほくろから発生するのは10~30%程度にすぎません。
また、「異型母斑(dysplastic nevus)」という診断名は、かつては前がん病変と考えられていましたが、現在ではこれは良性のバリエーションであり、がん化リスクは他の母斑と同様に非常に低いことが分かっています。
個々のほくろがメラノーマに変わる確率は、20歳男性で生涯1/3,164、女性で1/10,800と極めて低く、ほくろが多い人は「ほくろががんになるから」ではなく、「メラノーマのリスク全体が高い」から注意が必要なのです。
したがって、すべてのほくろを「予防的に」切除するという考えは誤りであり、過剰な処置や医療資源の無駄遣いに繋がります。

薄いメラノーマやスピッツ母斑にセンチネルリンパ節生検は必要か?
センチネルリンパ節生検(sentinel lymph node biopsy:SLNB)は、がんが最初に転移するリンパ節を特定し、病期を評価するための低侵襲的な手術です。メラノーマでも活用されていますが、薄い腫瘍(Breslow厚1 mm以下)や、特殊なスピッツ母斑(atypical Spitz tumor:AST)に対しては議論があります。
NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインでは、メラノーマが0.75 mm以下で潰瘍がなく、細胞分裂(mitotic rate)がゼロの場合、SLNBは推奨されていません。リスク因子がある場合や診断が不確かな場合には、患者と医師が相談して決定することが推奨されています。

ASTにおいては、Lallasらによるレビューで、SLNBの予後的・診断的価値は乏しいと結論づけられました。たとえSLNB陽性であっても、AST患者の5年生存率は99%と非常に高く、手術の意義が乏しいとされています。
したがって、SLNBは「治療」ではなく、あくまで「病期の評価」として位置づけるべきであり、安易に実施すべきではありません。

結論
皮膚の色素性病変に関する誤解は、世界中の皮膚科診療に広く存在しています。これらの神話は、メディア、教育、時には医療者自身によっても再生産されており、患者の不安や不適切な処置を招く原因となっています。
しかし、エビデンスに基づいた批判的思考を育てることで、こうした誤解を減らし、より安全で合理的な医療を提供することができます。すべての医療関係者が、出所にかかわらず、根拠のない仮説を検証し続ける姿勢を持つことが、患者の利益に繋がるのです。
