がんの発生と進行には、遺伝子そのものの変異に加えて、エピジェネティックな変化が重要な役割を果たしています。エピジェネティックな変化とは、DNA配列に変化が生じるわけではなく、DNAの化学的な修飾やヒストンタンパク質の修飾によって、遺伝子の発現が調整される仕組みのことです。この変化ががん遺伝子やがん抑制遺伝子に影響すると、がん細胞の増殖や分化に関わる重要な機能に異常が生じます。
以下に、がんに関連するエピジェネティックな変化の例をいくつか挙げます。
1. DNAメチル化
DNAメチル化は、エピジェネティックな変化の一種で、シトシン塩基にメチル基が付加されることで遺伝子の発現が抑制されます。がんにおいては、がん抑制遺伝子のプロモーター領域が過剰にメチル化され、遺伝子の発現が抑制されることがあります。
- がん抑制遺伝子のサイレンシング:たとえば、p16(CDKN2A)やBRCA1などのがん抑制遺伝子がメチル化され、発現が抑制されると、細胞周期の制御が失われ、がん細胞が増殖しやすくなります。
- 異常なDNAメチル化パターン:一部のがんでは、がん特有のメチル化パターンが確認されており、これを利用してがんの診断や予後予測に役立てる研究も進んでいます。
2. ヒストン修飾
ヒストンはDNAが巻き付いているタンパク質で、ヒストン修飾によってDNAの巻き付き方が変化し、特定の遺伝子が発現しやすくなったり、逆に抑制されたりします。ヒストンのアセチル化やメチル化、リン酸化などがエピジェネティックな調節に関与しています。
- ヒストンアセチル化の異常:ヒストンのアセチル化は通常、遺伝子発現を促進しますが、がんではこのアセチル化に異常が生じ、がん遺伝子が過剰に発現したり、がん抑制遺伝子が発現しにくくなったりします。
- ヒストンメチル化の異常:ヒストンのメチル化によってもがん遺伝子やがん抑制遺伝子の発現が影響を受けます。特定のヒストンメチル化パターンががんの発生や進行と関連することが明らかになっています。
3. 非コードRNA(ncRNA)による制御
エピジェネティックな調節には、非コードRNA(特にマイクロRNAや長鎖非コードRNA)も関与しています。これらのRNA分子は直接タンパク質をコードしませんが、遺伝子発現を調節する働きを持ち、がん細胞の増殖や生存に影響を与えることがわかっています。
- マイクロRNA(miRNA):特定のmiRNAががん抑制遺伝子の発現を抑制することで、がんの進行に寄与することがあります。
- 長鎖非コードRNA(lncRNA):lncRNAは、がんにおいて特定の遺伝子の発現調整に関与しており、がん細胞の増殖や転移に影響を与えます。
4. エピジェネティックな治療
がんに関連するエピジェネティックな変化を標的とする治療も研究されています。例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害薬やDNAメチルトランスフェラーゼ(DNMT)阻害薬などが、エピジェネティックな修飾を逆転させるために用いられています。これにより、がん抑制遺伝子の発現を回復させたり、がん細胞の増殖を抑える効果が期待されています。
エピジェネティックな変化は、がんの発生や進行に深く関わっており、これを利用してがんの診断や治療を最適化するための研究が進んでいます。エピジェネティックな治療法は、従来の治療法とは異なるアプローチでがんにアプローチするため、新たな治療戦略として注目されています。