がんにおける特定の遺伝子変異や異常

がんにおいて特定の遺伝子変異や異常は、がん細胞が正常細胞とは異なる振る舞いを示す原因となります。これらの変異や異常は、がんの発生や進行、治療反応に密接に関わっているため、がん治療や診断において重要な役割を果たしています。主ながん関連の遺伝子変異や異常について解説します。

1. がん抑制遺伝子の異常

がん抑制遺伝子は、細胞の増殖を抑えたり、DNA損傷を修復したりする役割を持ち、これらの遺伝子に異常が生じるとがん化しやすくなります。代表的なものには以下のようなものがあります:

  • TP53:細胞のDNA損傷を修復する「ゲノムの守護者」と呼ばれる遺伝子です。TP53の変異は多くのがんに見られ、細胞の異常増殖やがんの進行に関与しています。
  • RB1:網膜芽細胞腫やその他のがんで異常が見られる遺伝子で、細胞周期の進行を制御しています。
  • BRCA1/BRCA2:乳がんや卵巣がんのリスクを高める遺伝子です。DNA修復に関与しており、これらの変異を持つ場合、がんの発生リスクが大幅に増加します。

2. がん遺伝子(オンコジーン)の変異

オンコジーンは通常、細胞の成長や分裂を促進しますが、変異が生じると異常な増殖シグナルを出し続け、がん化の引き金となります。主な例は次の通りです:

  • KRAS:多くの肺がんや大腸がん、膵臓がんに見られる変異で、細胞の増殖シグナルを持続的に送り、がん細胞の成長を促進します。
  • HER2:乳がんなどで増幅が見られる遺伝子で、がん細胞の増殖を助長します。HER2変異を持つがんには特定の分子標的薬が有効です。
  • BRAF:特に黒色腫や大腸がんなどに多い変異で、細胞内シグナル伝達経路に異常をもたらし、がんの成長を促します。

3. DNA修復遺伝子の変異

DNA修復遺伝子が正常に機能しない場合、DNAの損傷が蓄積しやすくなり、がんの発生リスクが上がります。

  • MLH1、MSH2、MSH6、PMS2:これらの遺伝子は「ミスマッチ修復遺伝子」と呼ばれ、DNAの複製ミスを修正します。変異があるとミスマッチ修復が機能せず、大腸がんや子宮内膜がんのリスクが高まります。
  • ATM、ATR:DNA損傷応答に関与する遺伝子で、DNA損傷の修復が阻害されるとがんリスクが増加します。

4. エピジェネティックな変化

遺伝子そのものの変異ではなく、DNAメチル化やヒストン修飾といったエピジェネティックな変化もがんに影響を与えます。例えば、がん抑制遺伝子のプロモーター領域のメチル化によって遺伝子がサイレンシングされると、がん抑制機能が低下します。

5. 融合遺伝子

染色体の異常により、別々の遺伝子が融合して新しい遺伝子ができると、それががんの原因となる場合があります。例として以下のものがあります:

  • BCR-ABL:慢性骨髄性白血病(CML)で見られる融合遺伝子で、細胞の成長シグナルが活性化し続け、白血病細胞が増殖します。
  • ETV6-NTRK3:乳腺分泌がんや小児がんに見られる融合遺伝子で、分子標的薬が有効な場合があります。

これらの遺伝子変異や異常に基づき、分子標的薬や免疫療法などの個別化治療が行われることで、がん治療の精度が向上しています。また、がんゲノム医療パネル検査などの技術を用いることで、こうした特定の変異や異常を検出し、患者に最適な治療を提供することが可能となっています。

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