この記事の概要
最近、年齢や性別を問わず髪のボリュームに悩む方が増えています。鏡を見るたびに気になる生え際や分け目。実は、最新の研究ではその原因や対策について、これまでにない新しい道が見えてきています。本記事では、髪の悩みを抱える方に向けて、注目されている治療法やケアの考え方をわかりやすくご紹介します。
AGAの定義と疫学
男性型および女性型脱毛症は、英語でAndrogenetic Alopecia(アンドロジェネティック・アロペシア)と呼ばれ、一般には「パターン脱毛症」とも訳されます。これは男女共通に見られる、世界で最も一般的な脱毛症の一種です。特徴として、毛包(Hair Follicle)が徐々に小さくなり(ミニチュア化)、髪の成長周期が短縮することで進行します。

主な原因は、男性ホルモンであるジヒドロテストステロン(Dihydrotestosterone:DHT)によるものです。生命を脅かす疾患ではありませんが、思春期以降に発症し、慢性的に進行するため、外見への影響や心理的ストレス、生活の質(Quality of Life:QOL)に大きな影響を与えることがあります。
疫学的には、AGAの発症率は年齢とともに上昇します。50歳までに約50%の男性と45%の女性が経験し、70歳以上では男性の約80%、女性の42%に認められるとされています。
ホルモンと遺伝による発症メカニズム
AGAの進行には、ホルモンと遺伝的因子が複雑に関与しています。特に、テストステロン(Testosterone)から変換されるDHTが重要です。DHTは頭皮の毛包に存在するアンドロゲン受容体(Androgen Receptor:AR)と結合することで、髪の成長を抑制する因子の分泌を誘導します。

これには、トランスフォーミング成長因子ベータ1(TGF-β1)、インターロイキン1アルファ(IL-1α)、腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)といった炎症性サイトカインが含まれ、成長期(Anagen Phase)を短縮させます。
さらに、全ゲノム関連解析(Genome-Wide Association Studies:GWAS)によって、2q35、3q25.1、5q33.3、12p12.1などの染色体領域に発症関連の遺伝的変異が特定されています。これらの領域には、WNT10A、TWIST1、SSPNなど、毛包の成長や血管新生に関わる遺伝子が含まれています。
微小炎症と免疫系の関与
かつてAGAは、炎症を伴わない非瘢痕性脱毛症(Non-scarring Alopecia)と考えられていましたが、現在ではミニチュア化した毛包周囲における「微小炎症(Microinflammation)」の存在が確認されています。炎症には、リンパ球の浸潤や肥満細胞(Mast Cells)の活性化、FOSやJUNなどの炎症関連遺伝子、TLR(Toll-like Receptor)、AREG(Amphiregulin)、OSM(Oncostatin M)の発現が関与します。
また、制御性T細胞(Regulatory T Cells:Treg)や、毛包幹細胞(Hair Follicle Stem Cells:HFSC)の活性を調整するマクロファージの一種である「トリコファージ(Trichophages)」の関与も報告されています。

環境要因と生活習慣の影響
AGAの進行には内因性・外因性の要因も影響します。具体的には、酸化ストレス、不規則な睡眠、偏った栄養、紫外線(Ultraviolet:UV)、頭皮常在菌のバランスなどです。特に、ミニチュア化毛包ではPropionibacterium acnes(アクネ菌)の増加傾向が指摘されています。
また、加齢や肥満によって毛包幹細胞が消耗し、再生能力が低下することも、脱毛の促進因子と考えられています。

現在承認されている治療法
医薬品による治療
2025年現在、アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)により承認されているAGA治療薬は以下の2種類です。
- ミノキシジル(Minoxidil)
外用薬として使用され、真皮乳頭細胞(Dermal Papilla Cells)の増殖を促進することで毛包のミニチュア化を改善します。男女ともに使用可能ですが、効果を維持するには毎日継続して使用する必要があり、かゆみや接触皮膚炎といった副作用も報告されています。 - フィナステリド(Finasteride)
内服薬であり、DHTを生成する5α還元酵素(5α-Reductase)を阻害することで作用します。さらに、幹細胞関連遺伝子NanogやSox-2の発現を高める効果も報告されていますが、性機能障害や抑うつなどの副作用の可能性があるため、慎重な使用が求められます。
加えて、デュタステリド(Dutasteride)はより強力にDHTを抑制しますが、FDA未承認でありながら臨床研究で有望な結果が得られています。

医療機器による治療
FDAにより承認されているAGA治療機器には、低出力レーザー治療(Low-Level Laser Therapy:LLLT)があります。2022年のレビューでは、5%濃度のミノキシジル外用薬が最も信頼性の高い治療法と再評価されました。
幹細胞と再生医療による新たな治療アプローチ
幹細胞治療の目的と分類
従来の薬物治療の限界を補う手段として、幹細胞治療(Stem Cell Therapy)が注目されています。目的は、休止または機能不全に陥った毛包幹細胞を再活性化し、新たな毛包を再生することにあります。
幹細胞の出所は多岐にわたり、脂肪組織(Adipose Tissue)、骨髄、血液、ウィルトンゼリー(Wharton’s Jelly)、臍帯血、羊水、胎盤、健常な毛包などが含まれます。自己由来または他家由来のものがあり、成体幹細胞(ADSCs、BMSCs、HFSCs)と周産期幹細胞(hUC-MSCsなど)に大別されます。

臨床応用と研究成果
脂肪由来幹細胞(ADSCs)
ADSCs(Adipose-Derived Stem Cells)は再生能力が高く、SVF(Stromal Vascular Fraction)やナノファット、ADSC条件培養液(ADSC-CM)などの形で使用されます。16週間の韓国人対象の試験では、ADSC成分抽出液(ADSC-CE)群で毛髪密度が有意に増加(17.58 ± 4.13本/cm² vs 偽薬群13.95 ± 4.01本/cm², p = 0.009)しました。
他の研究でも、ADSC-CM単独またはマイクロニードル併用により良好な結果が得られています。SVF療法では、6ヶ月後に毛髪密度が130.87 ± 14本/cm²から151.93 ± 22.36本/cm²へ増加し、脂肪移植により23%の相対的増加が報告されています。
臍帯由来幹細胞(hUC-MSCs)
ヒト臍帯由来の間葉系幹細胞(hUC-MSCs)やそのCMも、動物実験と初期臨床で効果が示されています。HFSC移植により、最大29%の毛髪密度増加(58週)が報告されました。
真皮鞘カップ細胞(DSC)
真皮鞘カップ由来細胞を65人に注射した研究では、6~9ヶ月後に毛髪密度と直径が有意に改善しました。低用量の方が効果が高い傾向にありました。
自家毛包幹細胞(Autologous HFSCs)
自分自身の頭皮から採取したHFSCsをRigenera®装置で処理し使用する方法では、12〜58週の間に18〜30%の毛髪密度増加が確認されました。ZariおよびRuizの研究では、最大30%の改善が報告されています。

条件培養液(CM)とエクソソームによる治療
条件培養液(Conditioned Media)
CMは、幹細胞が分泌する成長因子(VEGF、IGF-1、HGF、PDGF、BMP、TGF-β1など)を含み、保存や投与が容易です。プリコンディショニング(低酸素、紫外線、3D培養など)や添加物(ビタミンD3、LL-37)によって機能を強化する研究も進んでいます。


エクソソーム(Exosomes)
エクソソームは幹細胞が分泌するナノサイズの小胞で、RNAやタンパク質を他の細胞に伝達する役割を担います。特に真皮乳頭細胞由来のエクソソームは毛包再生を促す可能性が報告されていますが、臨床応用には大量精製と安定供給の課題があります。

臨床研究と将来の展望
臨床試験とレビューの成果
2015年から2021年の間に行われた15件の臨床研究(患者数653人)を対象にした系統的レビューでは、ADSCsやHFSCsを用いた治療が安全で効果的であることが確認されました。ただし、毛髪の直径評価は行われていない例が多く、評価基準の統一が求められます。
年齢・性別による違い
Tsuboiらは、51歳以上の患者で効果が高いと報告し、これは休止中の毛包が多いことが背景と考えられます。一方、Zariらの研究では、男性は毛髪密度、女性は毛髪太さにおいて効果が高いとされました。
課題と今後の課題
再生医療の実用化には、臨床試験の標準化、大規模試験の実施、保存や製造の最適化が必要です。現在の臨床試験は対象人数が限られており、対照群の設定も不十分なことが多く、比較検討も限定的です。

結論
幹細胞移植、条件培養液、エクソソームを活用した再生医療は、既存のAGA治療を補完または代替する革新的手段として期待されています。今後の課題は多いものの、これらの技術はAGA治療において大きな可能性を秘めており、さらなる研究の進展が望まれます。

キーワード
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