この記事の概要
男性型脱毛症(AGA)は多くの男性にとって深刻な悩みですが、従来の治療薬であるフィナステリドやミノキシジルには限界があります。そんな中、注目を集めているのが自己血由来の多血小板血漿(PRP)療法です。本記事では、最新の系統的レビューをもとに、PRPがAGAに対してどのような効果を示すのか、科学的根拠とともに詳しく解説します。
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はじめに
男性型および女性型脱毛症(Androgenetic Alopecia、略してAGA)は、慢性的な脱毛の中で最も一般的な原因です。70歳までに、男性の約80%、女性の約40%がAGAに悩まされると報告されています。AGAでは、毛包(Hair follicle:毛を作る皮膚の組織)の縮小(miniaturization)や、毛が成長する「成長期(Anagen phase)」が短くなるといった特徴が見られます。これにより、患者は見た目の変化だけでなく、自己肯定感の低下やうつ症状といった精神的な苦痛を感じることもあります。

AGAの治療としては、現在、日本を含む多くの国でフィナステリド(Finasteride)とミノキシジル(Minoxidil)の2つの薬剤が標準的に使用されています。これらは米国食品医薬品局(FDA)および英国国立医療技術評価機構(NICE)によって承認されていますが、あくまで進行を遅らせるもので、完全な治療効果は期待できません。また、性機能障害、皮膚のかゆみ、望まない部位の毛の成長、胎児への影響などの副作用も報告されています。
これらの背景から、副作用が少なく、より安全な新たな治療法として注目されているのが「多血小板血漿(Platelet-Rich Plasma:PRP)」です。PRPは、自分の血液を使って作る治療用の濃縮液で、血小板(Platelet)が豊富に含まれています。通常、血小板の濃度は1マイクロリットルあたり15万〜35万個とされています。PRPを頭皮に注射することで、毛包の再生や毛の成長が促されると期待されています。さらに、外科的な植毛手術に比べて低侵襲かつ費用も抑えられるといった利点があります。しかし、PRPは現時点ではFDAやNICEなどの医療規制機関によってAGA治療法として正式に承認されているわけではありません。
本レビューの目的
本レビューは、男性のAGAに対するPRP注射治療の有効性を評価することを目的として行われました。過去のレビューには、被験者の属性や治療方法のばらつき、小規模な研究が多いなどの課題がありました。これらを補うため、本レビューでは厳格な基準に基づいて分析を行っています。

方法
プロトコルと登録
この系統的レビューは、「システマティックレビュー報告のための優先項目」(PRISMA 2020)に準拠して行われました。レビューの実施計画は、あらかじめPROSPERO(国際的なシステマティックレビュー登録データベース)に登録されています(登録番号:CRD42021265858)。
情報源と検索戦略
文献検索は、2011年8月から2022年8月までに発表された研究を対象に、以下の7つのデータベースを用いて行われました:MEDLINE、EMBASE、Cochrane CENTRAL、CINAHL、ClinicalTrials.gov、Google Scholar、およびScience Citation Index。また、2022年11月に追加検索も実施しました。
検索では、「Androgenetic Alopecia」および「Platelet-Rich Plasma」に関連する医学用語(MeSH:Medical Subject Headings)と自由語を組み合わせ、論理演算子を使用して、できるだけ多くの関連研究を網羅的に抽出しました。

選定基準
対象としたのは、男性のAGA患者に対してPRPまたはプラセボを用いた前向きコホート研究およびランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)のみです。AGA以外の脱毛症、動物実験、症例報告、レビュー記事、学会発表などは除外されました。
選定とデータ抽出
文献はEndNoteに取り込み、2名の独立した研究者がタイトル・要旨・本文を順にチェックしました。意見の相違があった場合は第3の著者が調整しました。男女両方を対象とした研究については、男性のデータを分けて抽出できる場合のみ採用しました。
また、標準化された抽出フォームを使ってデータを収集し、不明点がある場合は著者に2回まで問い合わせを行いました。

評価項目
主要な評価項目は、毛の本数、毛密度、毛径(Hair diameter)、成長期毛(Anagen hair)の割合、毛量指数(Hair mass index)、終毛密度(Terminal hair density)、表皮の厚さ、毛包周辺の血管数、基底ケラチノサイト(Basal keratinocytes)やKi67陽性細胞の数です。
副次評価項目としては、通院回数、治療セッション数、患者による満足度報告が含まれます。
質の評価
研究の信頼性はGRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)に基づき「高・中・低・非常に低」の4段階で評価されました。また、RCTについてはCochrane Risk of Bias 2(RoB2)ツールを用いて、「低リスク・一部懸念・高リスク」と評価し、非ランダム研究(コホート研究)についてはROBINS-Iツールを使用しました。

結果
対象研究の概要
最終的に、8件のRCTと1件の前向きコホート研究(すべて単施設研究)が選ばれ、合計291名のAGA男性が対象となりました。そのうち2件はインドで行われました。
すべての研究でAGAの重症度は「ハミルトン・ノーウッド分類(Hamilton–Norwood Scale)」を用いて評価されました。年齢層は幅広く、PRPの調整法、注射量(1〜2mL)、注射回数や間隔、追跡期間は研究によって大きく異なりました。治療期間は最短で2ヶ月、最長で4.5ヶ月、追跡期間は最大で2年に及びました。

毛密度および毛の本数に対する効果
6件の研究で、PRPによる毛密度の統計的に有意な増加が確認されました。また、5件の研究では、毛の本数の有意な増加が認められました。Gentileらの研究では、2週間後に毛包バルジ細胞の増加や血管新生が観察され、3ヶ月後には終毛密度が有意に増加していました。
一方で、進行度の高いAGA(ハミルトン・ノーウッド分類IV〜VI)を対象としたMaparらの研究では、PRPによる明確な効果は確認されませんでした。
患者満足度
PRP治療を受けた全ての患者群で満足度の向上が報告されました。Kachhawaらの研究では、平均70%の満足度スコアが記録されました。Singhらは、PRP単独、ミノキシジル単独、併用療法、プラセボの4群を比較し、満足度はPRPとミノキシジルの併用群が最も高く、次いでPRP単独群、ミノキシジル単独群、プラセボ群の順でした。ただし、すべての研究で満足度を測るための検証された(validated)ツールは使用されていませんでした。

副作用
副作用は非常に軽度で、最も多く報告されたのは注射時の局所的な痛みでした。これは主に局所麻酔を使用しなかった研究で見られました。他には、一過性の赤みや出血が報告されましたが、重篤な副作用は1件も確認されていません。
バイアスのリスクとエビデンスの質
GRADEによる評価では、1件の研究が「質が低い」とされ、それ以外の8件は「質が中程度」とされました。RoB2によるバイアス評価では、2件が「低リスク」、6件が「一部懸念あり」、1件(コホート研究)はROBINS-Iにより「中程度のリスク」とされました。研究間のばらつき(異質性)は大きく、メタ解析は実施できませんでした。
考察
PRPの総合的な効果
本レビューは、男性型脱毛症に対するPRPの有効性について、これまでで最も方法論的に厳密に行われたものです。PRPは、毛密度と毛本数の増加において一貫して肯定的な結果を示しました。また、副作用もほとんどなく、治療の安全性が高いことが確認されました。
Singhらの研究によると、PRP単独とPRP+ミノキシジルの併用療法の間に統計的な差はなかったものの、併用療法の方が満足度が高い結果となりました。これは心理的な影響または相乗効果の可能性があると考えられます。
さらに、Gentileらの研究では、2年間の追跡で、23人中4人が16ヶ月後に再び脱毛の進行を報告しており、一部の患者では効果が一時的である可能性も示唆されています。

AGAの進行度と効果の関連
PRPの効果は、AGAの進行度が中程度(III〜V)までの患者で顕著であることがわかりました。重度の患者(IV〜VI)では、効果が限定的である可能性が高いです。
過去のレビューとの比較
本レビューは、男性患者のみに焦点を当てた初の系統的レビューであり、過去の11件のレビューと比べて、研究の質・検索戦略・バイアスの評価などにおいて、より厳密な方法論を採用しています。過去のレビューの多くは、事前登録の欠如、不完全な検索戦略、バイアスの考慮不足といった問題点を抱えていました。

PRPの生物学的メカニズム
PRPには血小板(Platelets)、白血球(Leukocytes)、フィブリン(Fibrin)といった再生を促す成分が多く含まれています。白血球は再生の開始を助け、フィブリンは細胞の移動や毛包の成長を支える役割を持ちます。これらが体内の自然な物質であるため、副作用が少ないと考えられます。
限界
本レビューは、研究数が少ないことや研究間の異質性が高いことから、メタ解析を行うことができませんでした。また、PRPの調製方法、注射の頻度、評価方法などに統一性がなく、最も効果的な治療プロトコルを明らかにすることができませんでした。
さらに、使用されたPRPの成分にも差があり、活性化の有無や成長因子の濃度も統一されていません。Rodriguesらの研究では、成長因子の濃度と治療効果の間に明確な関連は認められませんでした。
今回のレビューでは、自家PRP(Autologous PRP)のみに焦点を当てましたが、同種PRP(Homologous PRP)の方が効果的である可能性もあり、今後の研究が必要です。

今後の展望
今後は、より大規模な多施設共同RCTの実施が求められます。また、PRPの調製方法や注射プロトコルの標準化、評価方法の検証、長期的な効果の追跡調査も必要です。患者満足度を正確に測定するための信頼性のある質問票の開発も期待されます。

結論
PRPは、男性型脱毛症に対する新たな治療選択肢として有望です。特に、軽度〜中程度の患者において、毛密度および毛本数の改善効果が期待され、副作用も少ないという点で魅力的です。しかし、現時点では研究の質や結果のばらつきが大きいため、確定的な結論を出すことは困難です。今後の質の高い研究によって、PRP治療の効果と持続性が明らかになることが期待されます。
