この記事の概要
男性型脱毛症(AGA)は、単なるホルモンや遺伝の問題ではありません。慢性炎症、免疫の異常、食生活、代謝の乱れといった複雑な要因が絡み合いながら進行する多因子的な疾患です。本記事では、最新の研究に基づいてAGAの本質と新しい治療の可能性を解説します。
男性型脱毛症(AGA)の概観
よくある脱毛のタイプ「AGA」とは?
男性型脱毛症(英語では Androgenetic Alopecia、略してAGA)は、男性にも女性にも見られる、最も一般的なタイプの脱毛症です。見た目の特徴から、「パターン脱毛」や「若ハゲ」といった呼び方をされることもあります。
AGAは「非瘢痕性脱毛症(non-scarring alopecia)」に分類されており、これは皮膚に傷跡を残さずに毛が抜けるタイプを意味します。また、進行性であり、時間の経過とともに少しずつ症状が進む特徴があります。
従来は、このAGAは「遺伝的な体質」と「男性ホルモン(アンドロゲン)」の影響、特にジヒドロテストステロン(DHT)と呼ばれる強力なホルモンによって引き起こされると考えられてきました。DHTは毛の成長を妨げる働きがあり、髪の毛が細くなったり短くなったり、色素を失って目立たなくなるような変化(これを「ミニチュア化」と呼びます)を引き起こします。
従来の理解を超えて:さまざまな要因の関与
しかし最近の研究では、AGAの原因がホルモンや遺伝だけでは説明しきれないことが明らかになってきました。たとえば、髪の根元である毛包(もうほう)を取り巻く慢性的な軽い炎症(微小炎症)や、免疫が本来守るべき自分の毛を攻撃しやすくなる現象(免疫特権の崩壊)、体内の酸化ストレス、さらには日々の食生活など、さまざまな要因が複雑に絡んでいることがわかってきました。
これらの発見により、AGAは「多因子的疾患(multifactorial disorder)」、つまり複数の原因が同時に影響しあって発症する病気として再評価されています。

局所における病態:免疫の異常と炎症
毛包周囲で起こる免疫の崩壊と炎症
AGAが進行している頭皮を顕微鏡で観察すると、毛包の上部、特に漏斗部(毛穴の出口に近い部分)や峡部(毛包の中間部分)で、免疫細胞(リンパ球やマクロファージなど)が集まって炎症を起こしている様子が一貫して見られます。
本来、毛包には「免疫特権(immune privilege)」という仕組みがあり、体の免疫反応から守られているはずです。これは、髪の毛の成長に欠かせない幹細胞を守るための重要なシステムです。しかし何らかの理由でこの防御機構が崩れると、免疫細胞から分泌される「炎症性サイトカイン(細胞同士の情報伝達物質)」が毛包に直接作用するようになります。
その中でも特に、インターロイキン1α(IL-1α)とトランスフォーミング増殖因子β1(TGF-β1)というサイトカインは、毛包内の細胞の増殖を抑え、髪の成長が止まる「退行期(catagen)」への移行を早めてしまいます。さらに、線維芽細胞を刺激して周囲の組織を硬くし、毛包の構造そのものを変化させる「線維化(fibrosis)」を促します。このような一連の反応により、毛包は徐々に小さくなり、AGA特有のミニチュア化が進行していくのです。

酸化ストレスと皮膚常在菌(マイクロバイオーム)の関係
毛包の漏斗部は、皮脂を分泌する皮脂腺とつながっており、汗やホコリ、微生物など外的な刺激を受けやすい場所です。ここに皮脂がたまったり、常在菌(皮膚に自然に存在する微生物)の代謝産物などが加わると、自然免疫が刺激され、炎症性サイトカインのIL-1αなどが放出されて炎症がさらに強まります。
このとき、活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)と呼ばれる非常に反応性の高い物質が発生します。ROSは細胞の構造を壊したり、炎症をさらに促進したりするため、毛包の機能に大きなダメージを与えるのです。こうした悪循環によって、髪の毛の成長環境がますます悪化していきます。

非瘢痕性と瘢痕性のあいまいな境界
AGAはこれまで「非瘢痕性脱毛症」に分類されていましたが、慢性炎症や線維化、上皮細胞の退行といった観察結果を踏まえると、「瘢痕性脱毛症(scarring alopecia)」との間に明確な境界がない可能性も指摘されています。つまり、これまで瘢痕性の病気にしか使われなかった「抗炎症治療」が、AGAにも有効である可能性が出てきているのです。

全身性の影響:食事・代謝・炎症の関係
食生活と脱毛の関連性:DIIとAIとは?
最近の大規模研究により、AGAを発症している人の多くが「食事性炎症指数(Dietary Inflammatory Index:DII)」が高く、「抗酸化指数(Antioxidant Index:AI)」が低いという傾向があることが明らかになりました。
DIIが高いというのは、炎症を起こしやすい食品、たとえば飽和脂肪酸(バターや赤身肉)、精製炭水化物(白米や白パン)、加工肉(ハムやソーセージ)などを多く摂取しているということです。一方、AIが低いというのは、抗酸化作用を持つ食品(野菜、果物、全粒穀物、豆類など)の摂取が少ないことを意味します。
このような食生活は、体内の炎症を高めるサイトカインの増加や、酸化ダメージへの抵抗力の低下につながり、とくに頭皮のようなデリケートな部分に影響を与えやすくなります。

大規模疫学研究からの重要な発見
約1万人を対象とした研究では、抗酸化物質が豊富な食事をしている人はAGAの発症リスクが低い一方、炎症を起こす食品を多く摂っている人ではリスクが高いという結果が出ました。この傾向は特に女性で統計的に有意で、男性ではアンドロゲンの影響が強いためか、食事の影響が比較的少ないと考えられています。
また、メタボリックシンドローム(内臓肥満、高血糖、脂質異常、高血圧が同時に存在する状態)を考慮すると、この食事とAGAの関係が薄れることも示されました。これは、食生活だけでなく、体全体の代謝のバランスがAGAの発症に関与していることを意味します。

臨床的意義と今後の管理方針
食事と治療の併用による可能性
これらの研究から、AGAの治療には薬だけでなく、栄養指導や食事の見直しも非常に重要であることがわかります。たとえば、ミノキシジルなどの標準治療に加えて、抗酸化作用や抗炎症作用のある食品を取り入れることで、より良い効果が期待されます。
ただし、抗酸化栄養素にも注意が必要です。ビタミンA、セレン、亜鉛などを過剰に摂取すると、逆に脱毛が悪化することもあるため、サプリメントの使用には医師や専門家のアドバイスが必要です。

合併症と全身性炎症との関係
AGAと炎症性腸疾患(IBD)との関連性
AGAが全身性の炎症と関連していることは、炎症性腸疾患(IBD)との関係からも示唆されています。2021年に発表された研究(系統的レビューおよびメタアナリシス)では、AGAを含むさまざまな脱毛症と、クローン病や潰瘍性大腸炎などのIBDとの間に有意な関連があることが報告されました。
円形脱毛症のような自己免疫性脱毛症と同様に、AGAも慢性炎症や免疫異常の一環として捉えるべき可能性があります。
代謝症候群とAGA
代謝症候群は、AGAの発症リスクに影響する重要な要因です。血糖値、血圧、脂質異常といった項目を総合的に評価することが、AGA患者にとって有効な診療戦略の一部となります。

抗炎症的アプローチの新たな可能性
セチリジン外用薬とサイトカインの調整効果
近年、AGAの新しい治療法として「炎症を抑える薬」の効果が注目されています。ある研究では、女性AGA患者に対して、ミノキシジルと抗ヒスタミン薬セチリジン(Cetirizine)を併用したグループと、ミノキシジルと偽薬を使ったグループを比較しました。
セチリジンは、脱毛を進行させるプロスタグランジンD2の産生を抑える一方、発毛を促すプロスタグランジンE2を増加させる作用がありました。その結果、セチリジンを使ったグループでは、毛髪の密度や太さが改善し、患者の満足度も高くなりました。これは局所の炎症を抑えることがAGA治療に役立つことを示唆しています。

治療戦略の再
AGAに対しては、これまでのようなホルモンを対象とした治療だけでなく、食事の改善、代謝異常の管理、そして炎症を抑える戦略を組み合わせることで、より持続的で個別に対応した治療が可能になります。

まとめ
AGAは、ホルモンだけでなく、局所の免疫異常や体全体の炎症、そして日々の生活習慣までが影響する、非常に複雑な病気です。これまでの「ホルモン性の脱毛症」という考え方を超えて、皮膚の病気でありながら全身の健康状態を反映する病気としてとらえることで、治療の幅が広がります。
今後は、薬物療法に加えて、食生活や代謝状態、炎症のコントロールを統合的に考えることが、髪の健康と生活の質を高めるうえで大きな鍵となるでしょう。

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引用文献
- Bazmi, S., Sepehrinia, M., Pourmontaseri, H., Bazyar, H., Vahid, F., Farjam, M., Dehghan, A., Hébert, J. R., Homayounfar, R., & Shakouri, N. (2024). Androgenic alopecia is associated with higher dietary inflammatory index and lower antioxidant index scores. Frontiers in Nutrition, 11, 1433962. https://doi.org/10.3389/fnut.2024.1433962
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- Bassiouny, E.A., El-Samanoudy, S.I., Abbassi, M.M. et al. Comparison between topical cetirizine with minoxidil versus topical placebo with minoxidil in female androgenetic alopecia: a randomized, double-blind, placebo-controlled study. Arch Dermatol Res 315, 1293–1304 (2023). https://doi.org/10.1007/s00403-022-02512-2